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SalsaBazaar

「人を招く家?」
 口に運びかけた団子を途中で止めて、いたずらを思いついた子どものような顔の男を、幸村は見つめる。
「そ、人を招く家」
「キキィッ」
 頷く彼の肩で、小猿も頷く。
「なんでも、遭難しそうな人を屋敷に招いて、手厚いもてなしをしてくれるんだとさ。で、一晩過ごして朝になってみれば、そんな屋敷は影も形も無くなって、山道の側で目が覚めているってぇ話だ」
 持ち上げていた団子を皿に戻し、真田幸村は瞳を輝かせて前田慶次に顔を寄せる。
「なんとも親切で不思議な話で御座るな。して、それがこの甲斐の山にて起こっておる、という事に御座るか」
「ま、そういうウワサってことで、それを確認してみようかなってさ。な、夢吉」
「キィ」
 ふうむ、と二人の様子に少し考えて、よし、と深く頷いた幸村が背筋を正した。
「某も、同道させていただきたい」
 あいにく、こういう事を軽く諌めつつ止めてくれる彼の忍は、任務中で不在であった。

 日暮れの山道を、二頭の馬が並んで進んでいる。茜色の空は半分ほど藍色に変わっており、少し欠けている月が見下ろしてきていた。
「そろそろ、野営の準備をせねばなりませぬな」
「だめだめ。野営の準備なんかしちゃったら、迎えてもらえないだろ。このまま、この峠を越えよう。――当初の目的、忘れてないよな幸村」
「無論。――――ああ、そうか。そうで御座るな。うむ、このまま進まねば屋敷に招いていただけなくなるやもしれませぬな」
 なれば、と馬の様子を確認し、降りて綱を持って歩き出す。それを見た慶次も馬を降り、共に歩き始めた。
 どのくらい歩いただろうか。空は濃紺の反物に小粒ながら豪奢な光の模様をちりばめ、木々を影のように浮かび上がらせる月光を湛えている。それが、ふっと曇った。
「――?」
 いぶかる二人の周りに、木々の吐息が集まってくる。気温が下がり、あっと言う間に濃霧に包まれた。
「これでは、進むに進めぬ」
「いっそ道からはぐれてしまえば、目当てのものに当たるかもな」
 冗談のつもりのはずが、幸村は真面目な顔で成程と言う。
「なれば、このまま進むべきか」
 思考がそのまま、口に出た。
「面白そうだけど、馬や夢吉を危険な目にあわせるのは、忍びないな」
 ぽん、と首を叩かれた馬は、鼻先を慶次の肩に当てる。それを見て、幸村は馬の顎を撫でた。
「しかし、このまま立ち尽くしていても、どうにもなりませぬ」
「うーん」
 背中の大刀を掴み、地面を叩きながら道を探りはじめた慶次に習い、幸村も槍で道を探る。探りながら、休めそうな場所を探した。
 少し広そうな平地にあたりをつけて、手近な木に馬を繋ぐ頃には濃霧はすぐ横に居る男の姿も霞むほどに、たちこめていた。  落ちた気温が肌に凍みこみ、思わず自分の身を抱きしめ、擦る。そうしている二人の前に、ふわりと門が開くように視界が開け、温かそうな灯りが見えた。
「――なんと」
「こりゃまた……」
 唐突に現れ、誘うように開いた屋敷の入り口に、二人は顔を見合わせ頷きあってから足を踏み入れた。

〜中略〜

 ほこほことした蒸し饅頭と茶を用意され、文机から離れた利家が慶次を呼ぶ。
「おまえも来い、慶次」
 とまどいつつも頷き、差し出された茶を受け取る。壁には大きな領内の地図が貼り出され、印が書き込まれていた。
「これは――?」
「ああ、町や村の印だ。……領民は家族も同然。そう思いながら考えていると、いろいろとしたいことが増えるばかりで、どうにもこうにも進まなくてな。俺が全部を見て回ることができればいいんだが、そうもいかずに報告ばかりが山積みになっている」
 利家が指したのは、さっき慶次が目にした書簡。なるほど、と頷く慶次に、ぽんと手を叩いたまつが言う。

〜中略〜

 幸村の脳裏に、小さくなり怯えている農民の――憤慨し、やるせなさに吼える民草の姿が浮かぶ。焼けた田畑に作物は無く、戦渦に巻き込まれた者たちの遺骸が転がっている。農具を武器に、鬼のような顔をしている者たちの奥底にある嘆き――悲しみ、怒り、絶望。
「――――いや」
 あってはならない光景を、見続けてきた。そしてそれは、自分と同じような、本来は彼らを守らねばならない立場の者たちが作ったのだと、歯噛みしたこともある。
「そうだ。お土産に団子買ってきたからさ、お茶にしない? 俺様もちょっと、休憩したいし」

〜中略〜

「座れよ、秀吉」
 緊張に安堵を交え、以前よりも少し離れた――彼が軍を率いていた頃よりもずっと近くに座った相手に、ふっと息を吐く。そこで初めて、自分が自覚以上に緊張をしていたのだと気付いた。反射的に笑みが唇に乗る。
「――――久しぶりだな」
「ああ、久しぶりだ」
 滲むような声を、交し合う。どちらともなく視線を庭に向け、懐かしい――失ったはずの時間に想いを馳せた。

〜中略〜

 中空で火花が散る。腕に走る痺れが全身にわたり、言いようの無い喜びが湧き上がる。脳が揺さぶられるような、陶酔にも似た愉悦。疼くままに全てを発し、ぶつけあえる快楽に口角が自然と上がる。凝った力をはじき、着地しざま相手へ向かって地を蹴った。
「Burning Up!」
「おらぁあっ!」
 空気が小刻みに震え、刃が届く前に相手の覇気に肌が、魂が振動する。それが頂点に達したとき、切っ先が触れ合った。刃同士が滑り擦れて火花が散る。鍔で止まった推進力が、相手の身にぶつかり、弾けた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜サンプル終了〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




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