潮騒のように、人々の声が渦巻いている。それに身を投じているくせに、猿飛佐助は遥か遠くに居るかのような様相で、迫る兵士たちを撫でるように切って捨てつつ、自分が身を置く甲斐武田軍の情勢を見ていた。 その目が、ふわと柔らかくなった。 戦場では全くの不釣り合いな表情に、彼に向かっては木の葉のように払われ絶命する相手方の兵士たちは、更なる恐怖を高まらせ半狂乱になって叫びながら刀を振りかぶり集団で彼に迫り 「ぎぎゃッ」 「いひぃいッ」 邪魔な虫を払うほどの無関心さで振るわれた刃に、命を消した。 佐助の目には、自軍の中から飛び出した雄々しい騎馬の姿があった。土ぼこりを上げて猛る馬の背に、紅蓮の鎧を見に纏った青年が居る。 「おぉおおおぉおおおッ!」 声を上げ馬を走らせ、敵兵を馬の脚でなぎ倒し、槍を振るいながら突き進んでいく。それが、止まった。 「遠からんものは音に聞け! 近からんものは目にも見よ! 紅蓮の鬼と称されし甲斐武田が将、真田源次郎幸村! 勇猛なるものは、お相手仕る!!」 大音声で発されたものに、敵兵たちが戦慄し後じさり、彼の周りに輪が出来る。それらをぐるりと見渡す幸村の姿に、ぞく、と佐助は身震いをした。 佐助でなくとも惚れ惚れとするような武者振りに、後じさった兵たちは互いの顔をちらちらと見ながら、誰かが彼に向かうか背を向けて逃げるかを伺っている。それを眺め、にこりと幸村が笑った。 「無益な殺生は、いたしとうは無い。この幸村に道をおあけくだされ」 人懐こい、と称しても良きほどの笑みに、敵兵たちはたじろいだ。そこに、馬の腹を蹴りゆったりと幸村が進み始める。自然と人が道を開け、幸村は人の作る道の中を敵将の前まで阻まれることなく進んでいくだろう。 恐怖は佐助が植えつけた。それを、幸村の武功が崩して士気をくじく。あとは彼が大将首を打ち取れば、この戦は終わりだ。 ふ、と進む幸村の目が、遠く佐助の姿に向けられた。 ふわ、とねぎらうように幸村の目が細められたのを、遠目のきく佐助は、はっきりと見止めた。 ――嗚呼。 ぞく、と背骨が震えた。 敵味方の差異無く見惚れる凛々しさを持って、幸村は打たずして戦勝の将の気配を纏い、敵陣を進んでいく――――。 屋敷に戻り、男たちが戻った折の為に米を炊いて待っていた女たちが、笊に山盛りの握り飯を乗せて幸村らを迎えた。 「まずは、幸村様から」 「うむ。ありがたく」 馬上で手を伸ばそうとする幸村の周りに、女たちが我のものをと競って笊を掲げた。少し迷った幸村は、膝でしっかりと馬の胴を掴み、上体を横にして、大人に交じり体からすれば大きすぎる笊を懸命に差し出してくる幼子の握り飯を、わし、と掴んだ。 「いただこう」 にこりとすれば、幼子も同じ笑みで応える。 「皆も、さぞ疲れただろう。しっかりと食べ、休まれよ!」 見渡しながら幸村が言うと、応、と男どもの声が上がり、幸村の周りに集まっていた女たちが散っていく。それぞれの顔に笑みがあることを見止めながら、幸村は厩へ行き 「おまえも、ご苦労だったな」 馬の首を撫でて手綱を厩番へ渡し、井戸に向かった。そこでは、もろ肌ぬぎの男たちが手ぬぐいを水に浸し体を拭っていた。握り飯を持っている者もいる。 「あ、幸村様」 さっ、と男たちが井戸の傍を開け、幸村に場を開けた。 「うむ」 水を汲んで手ぬぐいと共に差し出してきた者に礼を言い、首を拭っていると 「お疲れ、旦那」 「おお、佐助」 小袖姿の佐助に、声をかけられた。 「それ、洗っちゃうから着替えてくんない?」 はい、と佐助が長着を幸村に差し出し 「うむ」 と、受け取りかけた幸村の手を、ひょいと躱した。 「なんだ」 「旦那の手、ちゃんときれいに洗ってないでしょ。ほら、こっち来て」 「ぬう」 肩に長着をかけて井戸水を汲み、幸村に手を洗わせる。次いで 「旦那が他の兵卒らと同じように着替えちゃ、まずいでしょ。アンタ、今回の戦の大将だったんだから」 桶に水を張り、幸村の私室の庭へ歩く佐助の後を、ほてほてとおとなしく着いて行く姿は、戦場での姿とはずいぶんとかけ離れ年よりも幼く見えて、二人の気安げな様子に兵士たちは穏やかな――老兵などは孫を見るようなまなざしで、見送った。 私室前に着くと、佐助は桶を濡縁に置き手ぬぐいを浸し、幸村に渡した。受け取る前に、幸村は無造作にすべてを脱ぎ去り下帯姿になって、佐助に手を伸ばす。 「ふぅ」 気持ちよさげに目を細め、体を拭う彼に佐助も目を細めた。戦場と平時とのこの落差を、他国の人間はほとんど知る者は無い。真田源次郎幸村と言えば、勇壮なる若き虎――槍を振るえば一度で十人の首は胴から離れ、かの大陸の槍の猛将、張飛もかくやというほどの剛力の持ち主と噂されている。その話から、主君である武田信玄の姿と合わせて体躯の大きないかつい男を思い描くものも、少なくない。だが、実際の彼は涼やかな若武者と言えなくもない様相で―― 「佐助」 体を拭き終ったらしく、名を呼んで来る彼は年よりもずっと幼く世間ずれをしていない、良家の子息のようにも見えた。 「はいはい」 手ぬぐいを受け取り、長着を着せながら肌に新たな傷が無いかを確認する。 「今回は、自軍の被害も少なくて、良かったね」 「うむ。ご苦労だったな、佐助」 ただ、がむしゃらに敵陣に突っ込み槍を振るい、たたらを踏む賢しき武将らを鼓舞し士気を上げる役であったころと今の彼は、確実に変化をしていた。 敵兵も人であり、平素は自分たちと変わらぬように営みを行い、足軽に至っては農民が懲役されて無理やり――領主によっては、抗う者を従わせるため、役に来ない者を見せしめとして首をはね、力づくで戦に連れて行く事も珍しくなかった――参加させられていることを、幸村は知った。周りを見る目が、余裕が、生まれた。 その中で、全てを諾としているわけではないが、佐助の陽忍としての働きに、理解を示していた。――忍には、陽忍の法と陰忍の法がある。陰は、姿を隠して敵地に紛れて情報を取得しかつ工作を行う。陽は、姿を公にさらしつつ計略によって目的を遂げる。佐助はどちらにも優れているが、戦場では陽の働きをすることが多い。その中で、先んじて敵陣営に乗り込み恐怖を植え付け士気を下げ、勝ちやすくする、という行動を、かつての幸村は不承不承ながらも信玄の下知ならと納得をするそぶりをしていた。 幸村からすれば、それは卑怯であると思えていたのだ。武勇を最大の誉れとし、戦に美学と浪漫を求める時代の武将たちと違わぬ心映えを、良しとする者も居る。けれど、それでは無理やり引き立てられた者たちの命を無駄に失わせることになると、彼は知った。知ってから、真に戦場へ赴く覚悟のある者だけを相手にする、という理由づけを持って、佐助の揺動を承知するようになった。 覚悟の無い者が、戦場へ無理やり連れてこられて槍を握らされる、ということを知り、かつ理解した。ただただ信玄の上洛のみを目指していた頃よりも、ほんの少し――けれど大きな違いを持って、周囲を識る目を、彼は持てるようになっていた。 それが、佐助には嬉しくもあり寂しくもあった。そんな自分に苦笑を浮かべつつ長着を彼に着せていると 「政宗殿は、いかがなされておるのだろうか」 ぽつりと落とされた言葉に、動きを止めた。 「なんで、そこで竜の旦那の名前が、急に出てくるのさ」 ほんのわずかな棘に、幸村は気付かない。 「ようやっと、俺も周りを見ることが出来るようになったのでは、と思うてな」 はにかんで、言った。 「ああ、そうだね――前なら目につく敵兵は全て薙ぎ払って敵陣に突進して、無茶なことだって余裕でしてきたよねッ」 ぐい、と幸村の襟をきつめに合わせながら語気荒くする佐助に、目を瞬かせる。 「どうした、佐助」 幸村に他意は無い。みじんも無い。それゆえ、始末が悪かった。 「何にもないよ」 帯を、いつもよりもきつめに縛る。 「んっ――佐助、きつい」 「ああそう。気のせいなんじゃないの」 「佐助――何を、怒っておる」 「気のせいだよ」 「それほどあらわにしておいて、気のせいも何も、無いだろう」 ぎゅ、と帯を縛り終え 「はい、おしまい」 手を払うように叩いた。 「ふぅ――佐助」 「なにさ」 少し考える風にしてから 「少し、休め」 気遣わしそうな顔で、幸村が言った。それに何かを言おうと口を開きかけ、飲み込み、にこりと笑みを綺麗に作ってから 「俺様、事後処理で忙しいの」 とん、と幸村の肩を押して自分が少し下がった。 「急ぎ、せねばならぬのか」 「こういうものは、さっさと済ませちゃったほうが、楽なんだよ」 「そうか」 少し残念そうに顎を引き、上目づかいにしてくるのに 「旦那」 ぐら、と揺れかけた意識をなんとか持ち直して 「後で、おやつ持っていくから」 言いながら濡縁の水桶を手にして、更に声をかけてこようとするのを遮るように、去った――はずが 「佐助!」 わし、と帯を掴まれた。いや――掴んでほしかったのかもしれない。 「なに」 くるりと振り向くと、不安そうな顔がそこにあって 「俺は、何か怒らせるようなことを、したのか」 甘えた色が、滲んでいて 「ん。ちょっとね」 小首をかしげて悪戯っぽく言うと、眉がハの字になった。さっと気配を探って傍に誰かの目が無いことを確認すると 「旦那」 「なんだ」 ちゅ、と軽く鼻先に唇を寄せ 「俺様が、おやつを持ってくるまでの、宿題」 ふふ、と笑うと一拍遅れてふわぁあ、と顔を赤くした幸村が 「はっ、はれん――んっ」 声を上げきる前に唇で塞いで 「じゃ、後でね」 軽やかに掴んできている指から逃れ、幸村の前から姿を消した。 後方から、破廉恥、という叫びが聞こえてこないことに満足しながら、汗と砂埃、返り血で汚れた幸村の武具や着物を洗うため、井戸端に戻る。これらの手入れをするのは佐助の本分では無いのだが、それを誰かにゆだねることは幸村の初陣以降、一度も無かった。――否、一度も、というと語弊がある。どうしても佐助が任務で出ている時は、彼が選んだもののみに、させていた。戦場では、武具に命を左右される時もある。それを自分か、自分が認めたもの以外に手入れをさせる気は、佐助には無かった。 「さて、と」 劣化している所は無いか、と微に入り細を穿った点検をはじめる佐助に、心得ている者どもは声をかけることをしなかった。 そのころ幸村は、自室にごろりと横になって、佐助の出した宿題に頭を悩ませていた。――佐助が、機嫌を悪くした原因は、何か。それが幸村には、さっぱりわからない。 「何か、したのか俺は」 口にしてみて、改めて佐助が現れて後の己の言動を思い起こしてみる。 言われるとおりに自室前の庭に移動し、服を脱ぎ、体を拭い、着物を着せてもらった。 戦場で大した怪我もしていない。長着を着せる時、いつも佐助は自分の体の傷を確かめていることを、幸村は知っていた。彼が何も言わずに着せ負えたのだから、自分が気付かぬ傷も無かったのだろう。 ――だとしたら、何だ。 わからない。 佐助の機嫌が悪くなった時、と再度記憶を探る。 ――たしか、俺も周りを見ることが出来るようになったと、言った後だ。 その一言前であると、幸村は気付けなかった。 ――慢心していると、思ったのか。 ひや、と心臓に氷が触れたような感覚がして、がばりと起き上がる。 「なんという、未熟者だ。俺は」 拳を握り、わなわなとふるわせて 「叱って下されえぇええ、お館様ぁあああああ!」 咆えた。 「さて、と」 ぽんぽん、と手入れの終えた武具を軽くたたき、行李へ収め、うぅんと伸びをしてから肩に手を置き首を回し、太陽の位置を確認して 「そろそろ、おやつにしますかね」 呟き、茶を淹れに向かいながら、幸村が宿題の答えに行きついたかどうかに意識を向ける。こういうことには酷く鈍い彼のことだ。おそらく、見当違いな見立てをしていることだろう。 ――さて、どんな答えを導き出したのかな。 少し楽しみに思いながら、茶と団子を盆に乗せ、幸村の元へ向かう。 「旦那、おやつ持って来たよ」 気配はある。が、返事は無い。おかしいな、と首をかしげて襖をすらりと開けると、禅を行っているような幸村の姿があった。 「え?」 これは、どうしたことなのだろうか。何を思って幸村は、静かに足を組み瞼を下ろし、薄い呼吸を繰り返しているのか。 ――えっ、と。 少し考えてから 「旦那?」 声をかけてみた。 「おやつ、持ってきたよ?」 そう、と近づいて盆を置き、顔を覗きこんでみる。ふわ、と浮くように瞼が開き 「すまぬ」 「え」 深い瞳に告げられた言葉の意味が解らず、覗き込む姿勢のまま、佐助は固まった。 「さぞ、幻滅をしただろう」 「え」 一体、何のことを言っているのか――幸村は、自分の出した問題に、どんな答えをひねり出してしまったのか。 「俺が、小ざかしくも慢心をしておると、そう思ったのだろう」 「――はい?」 覗き込むためにかしげていた首を、さらに曲げた佐助に、幸村が首をかしげた。 「違うのか?」 「――――えっと、旦那……それって、俺様が出した宿題の答え、の返事だよね」 うむ、と幸村が頷く。ふっ、と息を吐いて、幸村の横に佐助は坐した。 「どういう結論に達したのか、教えてくれる?」 不思議そうに数度、瞬いた幸村の目が苦笑を浮かべる佐助を映しながら 「俺が、周囲が見えるようになったなどと言うたから、だろう?」 ああ、それで――と佐助は納得した。 「反省してたわけね」 「うむ。佐助の申すとおり、周囲が見えるようになった、などと自分で口にすべきものではないな。人に認められてこそのことを口にする未熟と慢心――そこから引き起こるであろう怠惰に、怒ったのだろう」 確信を持って、幸村が言う。 「それから導き出されるのは――」 きゅ、と唇を噛んでから言葉を続けた。 「――あの時のような、無益な死、だ」 瞳に悼みを浮かべた幸村の見ているのは、きっと小山田を失ったときのことなのだろう。――自分の采配のまずさに気付いていながら従い、散ってしまった男。 ――うらやましいね。 そう、思った。 ――旦那はきっと、ずっと覚えてる。 小山田のことを、生涯忘れることは無いだろう。 ――俺様がもし、どこか旦那の知らないところで命を落としてしまったら。 彼は自分のことを、死ぬ寸前まで記憶にとどめておいてくれるだろうか。 ――目の前で俺様が死んだら、覚えていてくれるかな。 彼の前で自分の骸を晒す気は、一切無いけれど。もし、危うくなったら猫のように何処かへ身を隠してしまおうと、ずっと昔から決めている。――自分のことで、彼が泣くのは嬉しいけれど酷く辛いから。 「佐助?」 記憶の底へ向かっていた佐助が、幸村の呼び声にふわ、と意識を持ち上げた。不安げな顔に ――変わらないな。 そう思いながら、ちゅ、と鼻先に唇を寄せた。 「なっ、何を」 「んふ。残念、ハズレ」 暗い意識に目を向けていたことを誤魔化すように、おどけて言った。 「違うのか」 「もう、旦那ってば真面目すぎるよ。もっとほら、こう、さ――あるでしょ」 そんなふうに言ってみても、幸村が気付かないことなど解っている。小首をかしげ、考え込むときに見せる無防備な顔を見たくて、佐助はわざと漠然とした、けれど少し答えに近づけるように、想いを含ませた笑みを向けた。 「旦那は、俺様が旦那のこと、どう思っているか知ってるでしょ」 言いながら身を寄せて、猫が甘えるように下から身を寄せて唇に触れる。 「っ、あ」 かぁ、と幸村が朱に染まり体を固くするのに ――可愛い。 くすりと笑って、すりよりながら彼の体制を崩した。 「旦那ぁ」 甘えたような声を出し、何かを企む顔で口の端を持ち上げ、首筋に顔を擦り付ける。両手を後ろに向けて床につき、倒れそうになる体を支える幸村にのしかかるように、体をくねらせ擦り付けながら幸村の足の間に体を入り込ませながら、裾をからげて内腿を撫でた。 「っ――佐助」 「なぁに?」 ふふふ、と笑いながら何度も内腿を撫でる。ひく、と震える幸村が抵抗する気配は無くて 「旦那を、おやつにしちゃうけど良いのかな?」 甘えた声を出すと 「っ――ゆ、赦す」 許可が出た。 「ほんと? じゃ、いっただっきまーすってね」 ぱく、といきなり下帯ごと陽根にかじりついた。 「――ッ、さ、佐助」 「ん? 何」 「そ、その――だな」 「あ、剥いてからのがよかった?」 「むっ、剥くなどと、言うな」 「じゃあ、何?」 言いながら下帯の横から取り出して、まだそれほど反応をしていないものを口内に引き入れた。 「っ、ん」 甘やかすように口内で舐り、吸うとみるみるうちに熱く固くなっていく。 「旦那、素直」 「っ、ぁ――んっ、ふ」 わざと濡れた音をさせて幸村を吸い上げ、舐め、時折見せ付けるように視線を向けると、泣き出しそうな顔で目を反らせずに居る幸村が居る。 ――ほんと、旦那ってば。 「ずるいよね」 そこだけ声に出し、吸いながら顎を上げ、ちゅぽん、と口を離した。 「んはっ、ぁ」 「ふふ、完全隆起ぃ」 臍につくのではないかと思うほどにそそり立ったものを揶揄すると 「ばっ、ばかもの」 酒を喰らったような顔で、叱られた。 「ふっふ〜ん」 上機嫌で帯を解き、小袖を脱いだ佐助が立ち上がり、幸村の腰をまたいで立つと 「旦那も、俺様をおやつに、するよね」 少し熱を帯びた声で言いながら、目の前で下帯を解いた。 「ほら――」 期待と欲を交えた佐助の声と、立ち上がりかけた佐助の牡に幸村の喉が上下する。 「ぁ、は――んっ、ん」 催眠にかかったかのように、幸村は惚けた顔で口を開き、含んだ。 「はぁ――んっ、旦那……」 幸村の両手が佐助の腰を掴み、頭を上下させながら口内で扱き、吸い、舌を絡めて顔をゆがめる。 「んっ、んっ、ふ、んっ、む――んんっ、んふ、は、ぁ」 「すっごい、おいしそうな顔してる……噛み千切って食べちゃわないでよ」 「はっ、ぁ、ん――んっ、ん」 子が乳を求めるように吸い付いてくる幸村の髪を撫で、濁った陶然に浸りつつ、死角にある幸村の牡はどれほどになっているのかと想像し、身を震わせた。 「はぁ、旦那――もういいよ。口開けて、じっとしてて」 言われるまま、幸村が舌の上に佐助の先端を乗せたまま口を開ける。それに、子を褒めるような顔をして自分の牡に手を伸ばした佐助は、幸村を見下ろしながら扱き 「んっ、く――」 幸村の口内に子種を放った。 「はぁ――旦那、飲んで」 ちゅ、と佐助の先端を吸うように口を閉じた幸村の喉が、上下する。悪寒のような快楽が腰で疼いた。 「佐助ぇ」 求める呼び声に、体を折って額に唇を寄せる。 「旦那も、沢山出そうね」 ぐ、と唇を引き結び目を反らした幸村が、小さく首を動かした。目を向けると、佐助が口で膨らませたのよりも少し大きさを増している。先からとろりと蜜をこぼし震える様は 「熟れすぎのアケビみたいだね」 秋になれば甘ったるい香りを放つ果実のようなそれに、顔を近づけた。 「すごい、甘くていい匂いするよ、旦那」 「ばっ、ばかを申すな」 「ほんとだって――旦那の蜜は、俺様にとっちゃ仙人の果実みたいなモンなんだよ」 ぺろ、と先端を舐める。幸村が息を詰めた。そのまま、獣が水を飲むように先端の蜜を味わっていると 「さ、佐助っ――早く、せぬか」 焦れた声に、催促された。 「やだ。旦那ったら、破廉恥ぃ」 「なっ――ぁう、んっ、ふぅ、ぁ、ああ」 すっぽりと口に含むと、安堵したような息を幸村が漏らす。 ――ふふ、可愛い。 ちゅく、ちゅ、と舌を絡め上あごに擦りつけると、じわ、と先走りが滲む。たっぷりと時間をかけて、腰の骨が溶けるほどにしてみようか、と思った佐助にピリ、と静電気のように気配のような予感が走った。 ――事後処理に、戻らなきゃならなさそうだな。 うんざりとしてから、顔を大きく動かして強く吸い上げる。 「はっ、ぁ、あっ、ぁあ―ーふっ、ぁ、あ、さすっ、はっ、ぁ、も、ぁ」 「んっ、はぁ――ん、旦那…………いいよ、いっぱい、出して」 「ふっ、ひっ、ぁ、はっ、ぁ、も、ぁっ、ぁ、あっ、あぁああ――!」 促すようにふぐりを掴み揉むと、腰を突き上げ幸村が果てる。筒の中に残るものが無いよう、強く吸い上げると 「っはぁ――ごちそうさま」 両手を合わせて、ぺこりと頭を下げた。 「ふ――ぁ、佐助?」 余韻にたゆたう幸村に下帯をつけ、乱れた着物を元に戻し 「もう一度、俺様がなんで怒ったのか、考えておいて」 ちゅ、と額に口付け立ち上がり 「俺様、結構嫉妬深いってことを念頭において、思い出してみてよね」 ぼんやりとしている幸村に、おやつ置いてるからねと言い添えて、念のために配しておいた影の元へ向かった。 「……嫉妬深い――佐助が?」 うわごとのように呟いた幸村は、団子に手を伸ばし租借して 「うまい」 舌鼓を打つ間に、問いを忘れ、疲れと腹が満たされたことにより起こった睡魔に身を委ね、眠りについた。