オフラインページへ戻る

※都合により、発行が1月インテになる場合もございます。
O.L

嵐の中の波に触れるように 君に触れて 見知らぬ沖に流される――

鉄が激しくぶつかり合う音が響き、それと共に圧縮された空気がはじけ、周囲の木々を揺らす。激しい風を受けながら、猿飛佐助は頭の後ろで腕を組み、自分の主である真田幸村と、自他ともに好敵手だと認める奥州の独眼竜、伊達政宗との戦いを眺めていた。佐助の横には、竜の右目と称される政宗の腹心、片倉小十郎が腕を組み、二人の様子を見つめている。
  刃を交える幸村と政宗は、お互いの姿しか見えていない。魂のすべてを相手に向けて放つ主の姿に
――ッ。
  心臓を絞られながら、平静を装う佐助の横顔を、小十郎がちらりと見た。その視線を優秀な忍びである彼が気付かぬはずは無いのに、まっすぐに二人の魂の宴を――誰かが入り込む隙間など一分も無い刻を、見つめ続ける。
  やがて、永久に続くと思われた紅と蒼の命を懸けた戯れは、頃合いと見た佐助と小十郎の手で休止を告げられた。
「はい、そこまで」
  重い主の一撃を受け、笑いかければ獣の瞳が人の理性を思い出し
「佐助」
  吐息のように名を呼ばれて、やっと佐助の心臓を縛り付けていた縄がほどかれる。
「旦那、喉、乾いたろ。すぐに用意するからさ」
  一瞬のうちに剣呑な気配を、いつもの快活で穏やかなものに戻した幸村が
「うむ。――ついでに、腹の膨れる物も、たのむ」
「わかってるよ」
  微笑むと、幸村が佐助の肩越しに
「政宗殿も、お急ぎでなければいかがでござろう」
  声をかけるのを、面白く無いと思いつつも振り向き
「いるんなら、用意するけど?」
  そのような気配など、みじんも浮かべずに言う佐助に
「Ah――そうだな。邪魔するぜ」
  歯を見せて笑った相手に内心で舌を打ちつつ、佐助は笑みを浮かべて 「それじゃ、行きますかね」
  近くに拵えておいた小屋へ、向かった。

六畳一間ほどの小屋は、幸村と政宗が刃を交えた平野より四半刻ほど歩いた川の傍にあった。
  戦国の世で高め合える相手を見つけた若い二人が、互いを求めることは必定。けれど政宗は奥州を統べる大名であり、幸村は甲斐を治める武田信玄の家臣という立場であるがゆえに、おいそれと顔を合わせて刃を交えることは出来ない。
  くすぶる幸村の気配に、おそらく政宗も同じであろうと、信玄は自分と上杉謙信とのことを浮かべつつ、察した。そうして佐助に燻る魂を昇華させるような案を持たせ、政宗への使者として遣わし、政宗もこれを「粋なことをしやがる」と受け入れて、この場所に佐助が小屋を建てることとなった。
  小屋の資金は伊達が出した。普請や場所選び、管理は全て佐助に一任されている。忍び小屋の拠点としても使えばいいと言われたこの場所は、奥州と甲斐の綿密な連絡を取り合える場所とも、なっていた。
  その小屋の横の小川で――
  佐助は幸村の戦装束を洗いながら、小屋の脇の小さな畑の様子を見ている小十郎に
「まったく。毎度毎度、飽きないよねぇ」
  あきれたように、ぼやいた。それぞれの主は、腹がくちくなるなり、小屋の中で大の字になって眠りを貪っている。
「最近はちょっと、頻度が高いような気がしているしさ――」
  佐助のぼやきに、小十郎が答えるそぶりはない。それでもかまわず、佐助は一人で繰り言を続け
「あ」
  何かに気付き、小十郎に目配せをした。小十郎も気付いて
「猿飛」
呼びかけ、顎で小川の上流を指す。大きなため息をついた佐助が腰を上げ 「あ〜あ」
  心底つまらなさそうに、先を行く小十郎の背をゆっくりと追いかける。その顔は、ひどく硬い。
  そんな佐助をあざけるように、忍びとしての訓練を十二分に施された彼の耳は、甘い主の啜り泣きを捉えた。
  刃を交えあった後は、互いの魂を一つにしようとでも言うかのように、彼らは身を寄せ合い、貪りあう。どちらから始めたのかはわからない。双方が自然とそうなったのかもしれない。
(どっちでも、いいけどさ)
  知りたくは無い。
(初心な旦那からするなんて、ありえない)
  だから、政宗が誘い、押し切るような形でそのようなことになったと、佐助は思っていた。そうであってほしいと、思っていた。自分をたのみとし、自分を求める幸村を奪われたような気持ちが、佐助の胸を再び縄で縛り付ける。
  そういうことが必要であるなら、一人前となる前に男の体も女の体も教え込まれた佐助にとって、主の望む方を行う事はわけもないことであった。けれど、彼と同年の武将たちが妻を求めたり侍女に手を出したりすることがあっても、幸村は戦馬鹿と言わるほどに鍛錬に励み、自分の体をいじめぬき、より高みへ昇ることのみを追いかけ、色事にわずかにも興味を向けるそぶりなどは無かった。そんな幸村が、好敵手である伊達政宗と――
(気にくわないな)
  幸村は、佐助に知られていることを感じているだろう。けれど、それを問うことはしない。出来ないだろう。忍びである佐助が、気配を察していることくらい、わかっているはずだ。それでも政宗を受け入れているということは、幸村もそれを望んでいると言う事で
(旦那)
  呼び求める前に、自分では駄目なのだと突き付けられている。そのことと同時に、幸村に恐ろしく依存している自分に気付き、愕然とした。自覚をしてしまったものは明確な輪郭を持ち、佐助に嫉妬というものを教えてきた。
(片倉の旦那は――)
  どう、思っているのだろうか。
  小屋の中の気配を察すれば、必ずこうして佐助を誘い、上流へ歩いていく。小屋の気配が届かぬくらい進めば、うっそりと草が茂る場所があり、草の影に身を横たえて休む彼は、幼少のころより仕えている政宗に、佐助が抱えているようなものを向けてはいないのだろうか。
  瞼を下した男の顔を眺めながら、彼の心の裡を知りたいという欲求が、少しずつ膨らんできていた。そうして今日、その思いが口をついて出た。
「竜の旦那もウチの旦那も、まったく困ったもんだよね」
  直接的に聞けば、こちらの心情を悟られる。忍びとして生まれついた佐助にとって、遠回しな会話はごく自然なものであった。
  小十郎が片目を開け、佐助を見る。
「毎回、ほうっておいているけど――いいの?」
「良いも悪いも無ぇだろう」
  小十郎は、再び目を閉じてしまった。
「ふうん」
  わかったような、わからないような声を出す。目を閉じてしまっている小十郎の心情は、読めない。
「ね」
  そっと、彼の顔を腕でまたぐ。
「俺様たちも、してみる?」
  覆いかぶされば、瞼が持ち上がった。鼻先が溢れるほどに顔を近づけて
「することも、無いんだし」
  いたずらっぽくささやけば、後頭部を鷲掴まれた。そのまま引き寄せられ、唇が塞がれる。 「んっ――」
  まさかに彼がのってこようとは思われず、目を見開く。驚く自分を小十郎の鋭い瞳の中に見つけ
(ああ、もう)
  覚悟を決めた。
「んっ、ふ――んっ、ん」
  口を開け、舌を差し出しからめあう。小十郎の空いた手が佐助の腰帯を解き、佐助も小十郎の着物を脱がしにかかった。
「ふ、んぅ、んっ、ん――」
  口を吸いながら、小十郎もまた、自分と同じ心情なのではないかと思う。自分を第一に求めて呼ばわる主の口から、自分では無い名前が大切そうに零れることに、胸を絞られているのではないか。だからこそ、傷の舐めあいとまではいかなくとも、佐助の誘いに乗ったのではないか。
(それなら――)
  同じであるならば、この時間を楽しもうと思った。佐助は、どちらをするのも初めてではない。めったとは無いが、任務で色を使うこともあった。
「ふ、は――」
  互いの唇が、濡れている。それを歪め
「俺様、どっちでもいいぜ?」
  小十郎は、武将である。忍びの自分が譲った方が、気が楽だ。
「なら、遠慮はしねぇぞ」
  佐助の背が、草に触れる。頬を大きな掌に包み込まれ、ついばむように唇を重ねられ、甘やかされているような気になってくる。
「はふっ、ん、ぅ」
  脳髄がしびれるほどに、あきれるくらい長く丹念に唇をほどかれたのは初めてで、佐助は呆けた目で小十郎を見た。その瞳に、自分がいる。まっすぐに、自分を見つめている。
「猿飛」
  低く呼ばれ
「ぁ」
  音が漏れた。
(この人は、俺様を抱こうとしている)
  思った瞬間、肌が震えた。
  主が別の者を求めている間の慰めでなく、猿飛佐助という男を、抱こうとしている。猿飛佐助という存在に、触れようとしている。
  そう、感じた。
(なんで――)
わからない。
  小十郎の目には、佐助の鬱屈したものを見とり、慰めているというような同情めいたものなどは微塵も無い。忍びを相手にしているという蔑みも無い。ただまっすぐに、猿飛佐助という存在を、対等に映している。
(なんで――)
  思っても、問えるものでもない。いつくしむように与えられる口づけを受けながら、今までにない感覚をもてあまし
「ぁ――ッ」
  小十郎の手のひらが肌を滑るのに、声が漏れた。それに羞恥を感じた自分に
(えっ――)
  戸惑う。
「嫌なら、言え」
  耳に舌を差し込まれながら、やわらかく鼓膜をくすぐる声に胸が震えた。佐助の胸を縛り付ける嫉妬の縄をほどくように、小十郎の手が滑り、唇が触れ、舌がくすぐる。 「ふ、んっ、ん」
  自然と湧き上がってくる声を、困惑したまま漏らす佐助をどう思ったのか、小十郎の愛撫は壊れ物を扱うように丹念で
「ぁ、は――ぁ、んぅ」
  産毛すらも甘く、震え出した。
「猿飛」
  もっと、呼ばれたいと思う。だから
「片倉の旦那」
  呼び返した。すると、小十郎は皮肉げに唇をゆがめ
「こういう時ぐれぇ、呼び捨てろ――いや、小十郎と呼べ」
佐助の身に滲ませるように、口内に言葉を注ぎいれた。
「――小十郎」
  そっと、小十郎の顔を窺いながら呼んでみる。すれば、目を細めた小十郎が、褒めるように鼻先に唇を寄せた。幼いころより忍びとして、子どもらしくも扱われたことの無い佐助にとって、甘やかされるような態度は経験が無く
「ぅ――」
  胸の奥がむずがゆく柔らかい感覚に包まれ、唇がほころびそうになるのを理性で堪える。妙な形に動く唇に、優しげな苦笑を浮かべた唇が重なり
「猿飛」
「ぁ、は――ッ」
  唇は顎を伝い首筋を降りて鎖骨を強く吸い、印を残した。
「片倉の旦那」
「違うだろう」
「――こ、小十郎」
  呼びなおせば、満足そうに頷かれる。照れくささが湧き上がるのを無理やり抑え込み 「その、跡をつけるのは、ちょっと」
「問題が、あるのか」
「いや、うん、まぁ……ほら。なんか任務の時に差し支えがあったら、困るなぁって」
  色を使う任務など、ここ数年は行っていないが、いつ何時、どのような状況が起こるかはわからない。仕方なく、行わなければならないこともある。自分の体も道具としてこその、忍びだ。
「俺様から誘っておいて、なんだけどさ」
  軍師でもある小十郎ならば、はっきりと口にのぼせなくとも察するだろうと、へらりとして言えば、眉間にしわを寄せた小十郎が
「ぁ、ちょっと……ッ、ん、ぁ」
  佐助の肩に、噛みつくように跡を付けた。
「そんな任務、しなけりゃいい」
「他所の忍びに、そんな――ッ、ぁう」
  きゅう、と強く胸を吸われ、言葉を奪われる。その刺激の強さに目を白黒とさせながら (なんで、俺様――)
  過敏になっている自分に、驚いた。
  小十郎が、何か薬を使ったとは思えない。香の香りもしない。それなのに、小十郎が施す行為は佐助の肌を走り、脳髄を甘く震わせ腰に熱を凝らせる。
「ちょっ、待って――待っ……ッ、は、ぁ」

〜〜〜〜〜〜中略〜〜〜〜〜〜〜

  誘ったのは、自分だ。これは、間違いない。けれど、本気では無かった。まさかに小十郎がのってくるとは、予想だにしていなかった。ただ、小十郎はどう思っているのか。それを、聞きたかった。けれど直接的に聞くことが憚られ、勘の良い彼に察してもらおうと遠回しに水を向けた。
  ――竜の旦那もウチの旦那も、まったく困ったもんだよね。
  毎回、放っておいているけど良いのかと問えば、良いも悪いも無いと言われた。否定も肯定もしていない態度に、彼の本心が見えないことに不満を持ち、してみるかと言ってみたのだ。
  鼻で笑って、あしわられるものだとばかり、思っていた。
  そうなれば、冗談めかして食い下がり、感情の片りんでも覗かせるような言葉を引き出すように、誘導をするつもりであった。
  けれど、小十郎は誘いを受けた。
  佐助の頭を掴み、唇を寄せてきた。
(びっくりしたよなぁ)
  先に出てきたものは、それであった。小十郎の目に、とっさに驚きを隠すこともできなかった自分を見た。まさかに小十郎がのってくるとは思わなかったと、佐助は表情で示しており、小十郎はそれを見ていた。
(わかっていながら――)
  佐助が本気で誘ったわけでは無いとわかっていながら、佐助を抱いた。普通に抱いたわけではない。もしあれが主たちの気配に感化された性欲処理であるならば
(片倉の旦那、俺様が達した後、体を離したもんなぁ)
  そのようなことを、するはずは無いだろう。忍びの佐助が色の訓練をしていないなどとは、思っていないはずだ。小十郎は、幸村のように初心ではない。佐助の肌に触れて、初めてだとも思わなかっただろう。
(手馴れてる感じ、したし)
  他に誰かと情を交わしたことがあるだろうと思えば
  ちく――
  小さく、胸が痛んだ。
(なんで、あんなふうに扱ったんだろ)
  痛みを無視し、考えを続行する。執拗に唇を重ね、急ぐどころかたっぷりと時間をかけて、佐助に触れた。色を使って欺いた相手に、深い想いをかけられたことがある。けれど、そのときよりも小十郎の唇は優しく、指は繊細であった。
(俺様に、心底惚れてる……なんてことは、無いだろうし)
  ならば、あれは小十郎の性行なのだろうか。生真面目に過ぎるきらいのある小十郎は、何事にも細やかなところがある。それが、あのような場面にも出ていただけなのだろうか。
  ぶる、と触れられた箇所に生まれた甘さを思い出し、身が震えた。
(なんで、俺様ってば)
  あんなに乱れてしまったのだろうか。肌が小十郎に触れてもらうことを望み、彼の与えるものを寸部も逃さぬように追いかけていたとしか、思えない。それほどに、彼の性技は巧みであっただろうか。
(いや――)
  その道の手練れと呼ばれる者に、佐助は教えを受けたことがある。さまざまのツボや相手に合わせた変化をつける所を、彼が実演して見せてくれたことがあった。それと比べれば、いや――比べるまでも無く、小十郎の技は人並みであろうと言えよう。
(アレは、人並み以上だったけど――)
  口と内壁で味わった質量と熱に、唇を舐める。それ以外では、特にこれといって特別なことをされたとは、感じていない。
  ただ
(口吸いは、執拗だったよね)
  唇が腫れてしまうのではないかと思うほど、重ねられ、柔らかく押しつぶされ、甘く歯も立てられた。
(あれに、何かあったのかな)
  気付かぬうちに、何か薬でも飲まされてしまったのだろうか。だとすれば、うかつにすぎる。
(それとも――)
  名を、低く掠れるような声で呼ばれた。
  まっすぐに見つめられ、包み込むような声音で呼ばれた瞬間を思い出し、物憂げな吐息が唇から洩れた。
(あれは――)
  確かに、誰かの代わりでは無く自分を――猿飛佐助という存在を抱こうとしているように、思われた。
(そういえば)
  覚えるためでも、任務の為でも無く人に抱かれたのは、初めてだったと気付いた。 (だから――?)
  今までになく、感応してしまったのだろうか。理性のかけらをかろうじて保てるほどに、乱れてしまったのだろうか。
  作業の手を止め、鎖骨に触れる。そこは、もう消えてしまった小十郎が最初に跡を付けた場所で
(なんで、あのとき――)
  任務に差し障るから跡をつけてくれるなと告げた後、機嫌を損ねてしまったのか。
(嫌なら言えと言ったくせに)
  そんな任務をしなければいいと、いくつも肌を強く吸った小十郎は、怒っているようにも見えた。そしてそれを困ったとも酷いとも思わずにいる、自分がいる。
(むしろ、嬉しかったような――)
  気も、していた。
  そんなはずはないと思いつつ、そういえば羞恥を感じもしたな、と再び手を作業に戻しながら、あの折の自分を思い出す。
  恥じらうそぶりを演じて見せたことはある。あの時は、そのような必要も無く、またしようとも思わなかった。それなのに、自分は恥じらった。欲を掴まれ、それが高ぶっていることを告げられて――。
  ――猿飛……熱い、な。
  小十郎の声も、熱かった。
「は、ぁ――」
悩ましげな息が自分の口から洩れて、驚く。
(初めてだ)
何もかもが。
(なんなんだろ)
自分の変化が分からない。
〜〜〜〜〜〜続く〜〜〜〜〜〜〜




メニュー日記拍手
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送