山の春は下界よりもすこし遅く、そのぶんを取り戻そうとするかのように、いっせいに草木が萌える。雪の下でため込んでいた命の力を爆発させるために、雪解けの水を吸い込み、すっくと背を伸ばして、うららかでやさしい春のまなざしに、歓喜の叫びを上げている。 音に聞こえぬ山のよろこびは、人の心も湧きたたせるのか。それとも人もまた、山の草木や獣とおなじく、辛く厳しい凍てつく冬を、雪の世界に閉じこもって耐え忍ぶあいだに、じりじりと蓄えた力を解放しているだけなのか。 里のそこここでは子どもが元気にはしゃぐ声や、田畑の準備を整える大人たちの労作歌が響いている。 そして、ここ、武田道場では、冬ごもりを終えた若虎が猛々しい叫びを上げて、自慢の爪を振るっていた。 「おぉおおおおっ!」 凛々しい声とともに、空気を切り裂く音がする。二本の槍を己の腕のごとく扱う甲斐の若虎、真田幸村のしなやかな動きに合わせて、ひと房だけ長い後ろ髪が舞っている。美しくすら見える彼の動きに、見惚れるものはひとりもいない。正確に言えば、見惚れる余裕のあるものが、ひとりもいなかった。 誰も彼もが、幸村との鍛錬に体力の限界を超えて、屍のように累々と床に転がっている。 疲れ切った彼等を後目に、幸村は槍を振るっている。春とはいえ、まだ山の端々には残雪の見える五月初旬。朝夕は冷える時期であるというのに、幸村の体は湯気が立ち上るほど、汗にまみれていた。 「ふんっ!」 ビュッと鋭い音を立てて、切っ先が空気を割った。それを最後に、幸村は開いていた体を静かに閉じて、細く長い息を吐くと目を開いた。 まとっていた獰猛な獣の気配が消えて、人懐こい雰囲気が現れる。 「それでは、某はこれで失礼いたす」 倒れているもの達に深々と頭を下げて、幸村は武田道場を後にした。 その顔は、どこか晴れない。 修練の相手に不足を感じていると言えなくもないが、それだけではない。幸村の若い体は、春の芽吹きと共に淡い疼きを抱えていた。 「ふぅむ」 眉間にしわを寄せて、幸村はすっきりと晴れ渡る空を見上げた。冬よりもずっと距離の近い空が、上空に広がっている。なにもかもが雪に閉ざされる冬が終われば、ふたたび戦の季節がやってくる。冬の間も鍛錬を怠りはしなかったが、いよいよだと思うと気合の入り具合はおのずと違ってくる。 そんな気の昂りが原因だと思っていたのだが、どうもそうではないらしい。 「ふぅむ」 ふたたびうめいて、幸村は首をかしげた。肌を濡らしている汗が、ゆっくりと冷えていく。常ならば、そんな幸村の姿を見咎めて、どこからともなく腹心であり友であり、兄のようでもある忍、猿飛佐助が現れて、忍が主に対するものとは思えぬような小言をこぼしながら世話をしてくるのだが、彼が現れる気配はない。 ――まったくもう、なにやってんのさ、旦那。すぐに着替えて汗を拭かなきゃ、風邪ひくよ。 いないはずの相手の声が頭に響いて、幸村は口の端を柔和にゆがめた。 ――汗をかいたんなら、なにか飲まなきゃ。とりあえず、水を持ってくるから。お腹空いた? それなら、餅を焼いておくよ。その間に、汗を拭いて着替えを済ませておいてよね。 (言われずとも、わかっておる) 記憶の佐助に返事をした幸村は、みぞおちのあたりにわだかまる冷たいものに手を乗せた。ここのところ、このあたりがどうにも妙だ。食欲はあるし体も問題なく動くのだが、どれほど鍛錬をおこなっても、しっくりこない。 屋敷に戻ると、幸村の戻りを待ち受けていたらしい男が、着替えと手拭いを脇に置いて縁側に座っていた。 「おかえりなさいませ、幸村様」 「うむ」 佐助は出かけることになると、こうして部下に幸村の世話を指示していく。男の横には急須と湯呑もあった。幸村は井戸端に行き、水を汲むともろ肌脱ぎになって手拭いを浸し、体を拭った。男は湯呑に急須の中身を注いでいる。おそらくただの白湯だろう。運動をした後、佐助はいつも茶ではなく白湯か水を差しだしてくる。 「佐助は、まだ戻らぬのか」 「いったんはお戻りになられましたが、またすぐに出立なされました」 「そうか」 雪解けと同時にうごめきはじめるのは、草木や獣、虫たちだけではない。天下を望むものや、おのれの領土を広げたいもの、それらから自領を守りたいものたちが、情報収集をはじめている。有能な忍である佐助も、ここ甲斐のために各地の情報を集めるために、飛び回っていた。 着替えを済ませた幸村は、袴はつけずに縁側に上がり、湯呑を持ち上げた。中身はやはり、白湯だった。ぬるめの白湯は、汗をかいた体に心地よく沁み渡っていく。息をついた幸村に、男は「なにか召しあがられますか」といった。幸村がうなずけば、男は腰を上げて汗を吸った着物を持って去っていく。 これが佐助であったならと考えて、幸村は急須を持ち上げ、湯呑に白湯を注いだ。 男の働きに不満があるわけではない。ただ、佐助ではない、というだけだ。 (もう、どのくらい顔を合わせていないのか) 戻ってきても、すれ違う程度でろくな会話もしていない。忙しそうな佐助を呼び止めるほどの理由を持たない幸村は、労いの言葉をかけて送り出すしかなかった。 (佐助) 長く彼が不在であるのは、これがはじめてのことではない。ただ、冬の間はずっとそばにいたから、ふいにその存在が消えてしまって、気になっているだけのはず。馴染んでいたものが、ふっと横から消えてしまえば、ほんのりとした喪失感を覚えるのは当然のこと。 すぐにそれは、なんでもないものとなる。 そのはずなのに、幸村はわだかまっている感情を消化できずにいた。 いったいこれは、なんなのか。どうしてこんなに、佐助の不在がうらめしく感じているのか。 (なにも、不足はないのだがな) 目を細めて、空を見上げる。鳥影ひとつ見えない空のどこかに、佐助の姿が見えないかと探している自分に気づき、幸村は苦笑した。 (まるで、母を恋しがる幼子のようではないか) 思って、幸村は動きを止めた。じわじわと羞恥が湧いて、顔が赤くなる。 「幸村様、お餅を焼いてまいり……お顔が赤くなっておられますが、いかがなされました?」 焼いた餅と茶を運んできた男に指摘され、幸村は「うむ」とせわしなく目玉を動かした。 「な、なにやら熱っぽいというか……みぞおちのあたりがこう、モヤモヤとして晴れぬのだ」 「それは、風邪の引きはじめではございませんか。この時期は油断して、体を冷やしてしまうものもすくなくはありませんから。火鉢の用意をしてまいりますので、どうぞ、部屋の中へ」 「うむ、そうだな……ああ、いや……それよりも、湯治に向かおうと思うのだが」 「それはよろしいですね。戦の気配はございませんし、いまのうちにゆっくりと体をあたため、癒しておくことも大切かと。それでは、すぐに支度を整えましょう」 「お館様に願い出てくる」 「戻られるまでには、準備を終えておきます」 「頼む」 立ちあがった幸村は、とっさに出た自分の言葉におどろきながらも、お館様こと主の武田信玄に湯治に向かいたい旨を告げて許可をもらった。 (俺はなぜ、湯治など思いついたのだろう) 首をひねった幸村の脳裏に、ボヤく佐助の顔が浮かんだ。 ――あーあ。のんびりと湯に浸かって、身も心も芯からくつろいで休みたいもんだねぇ。 〜〜〜〜〜〜〜〜中略〜〜〜〜〜〜〜〜 邪気を隠した佐助の笑みに、幸村は頭から湯気が出るのではと思うほどに赤くなった。 「でも、それだけ俺様のことを欲しがってくれているんだって、すごくうれしかった」 佐助の指が幸村の、丸みのある頬をなぞる。顎に指先がかかり、上向かされて口を吸われる。淫靡な気配を含んだ佐助の瞳は、艶やかに濡れていた。 「ねぇ、旦那……俺様も、旦那を抱きたかったよ。旦那とシたかった。任務を終えて戻っても、旦那と会うヒマなんてなかったし。会えても、あいさつをするのがせいぜいでさぁ。ほんっと、忍使いが荒いっていうか、俺様が優秀だから悪いんだけどねぇ」 間近にある佐助の顔に、幸村の心音が高まっていく。肩に手を乗せられて、その手が背中に滑り抱きしめられると、口から心臓が飛び出しかけた。 「旦那が、シたいって言ってくれるなんて……俺様とシたがってくれていたなんて、思わなかった」 耳元でささやかれ、ギュッと目を閉じた幸村は佐助をしっかり抱きしめる。 「は、破廉恥だと、呆れはせぬか」 「するわけないだろ? 俺様だって、シたくてたまんなかったんだから。ひと段落したら、ご褒美ちょうだいって、ねだるつもりだったんだぜ」 背を撫でられて、幸村はゾクゾクと細かく震えた。 「だから、旦那から言われて……俺様がどれだけ喜んだか、わかる?」 「ぬ、ぅ」 「態度で示してもいい?」 艶冶な誘いに、肌が熱くなる。コクリとうなずくと、ありがとうと耳奥に息を吹き込まれた。そのまま耳朶を唇で噛まれる。 「ぁ……う」 ちいさくうめいた幸村の耳裏から顎にかけて、唇が這った。口吸いをされれば、体の奥からフツフツと快楽の泡が浮き上がる。佐助の指は、肌の上に浮かんだ快楽の泡を弾いていった。パチンと爆ぜた泡は、快感を波紋のように肌に広げる。 「ん、ぁ……ああ、は……ぁう、んっ、ぁ、はぁ」 「旦那……もっと、甘い声を聞かせて」 頼まれなくとも、佐助の唇や指のせいで嬌声はとめどなく喉にあふれて鼻に抜ける。じわじわと炙られる肌は火照り、下肢に欲熱が溜まって硬くなった。そこに指を絡められる。 「ぁ、は……佐助……っん」 落ちた佐助の顔が、幸村の股間で揺らめく。陰茎をしゃぶられて、幸村は自然と膝を折って脚を開いた。 「んぁ、あっ、は……佐助、あ、ああ」 「わかってるって、旦那。俺様だって、すぐに旦那と繋がりたいんだから、さ」 佐助の指が尻を走る。肩に脚を乗せられて、グイッと持ち上げられたかと思うと、秘孔に潤滑液を呑まされた。 「ぁう……くっ、ぅん」 「冷たいけど、すぐに熱くなるって、もう知っているだろ?」 「んっ、佐助」 「息、抜いて」 「は、ぁ……っ」 指が秘孔に埋まる。奥を拓かれながら蜜嚢を吸われて、快感に自然と腰が揺れてしまう。身もだえる幸村の姿に、佐助は目を細めた。 「いいねぇ、旦那。最高だ」 秘孔に沈む指が増え、幸村はさらに身を震わせた。ねっとりとした愛撫に、陰茎から先走りがあふれて落ちる。佐助は首を伸ばし、それを舐めた。 「は、ぁう……んっ、佐助……あっ、ぁ」 「先っぽ、舐められるの好きなんだろ? 俺様も、旦那を舐めるの、気に入ってるんだよね。旦那の味は、どんな美酒より酔えるんだ」 「ふ、ぁう……っ、そのような……ぁ」 「本当だぜ? 旦那のなにもかもが、俺様を酔わせるんだ。忍の本分を忘れちまうくらい、夢中になっちまう」 「な、なにを」 情緒あふれる言葉に、幸村の心臓が飛び跳ねた。 「らしくないセリフだって思った? 俺様だって、たまには……さ」 照れくさそうに笑って、指を抜いた佐助は己の欲を秘孔の口に当てた。 「もう、入れたい……いいよな、旦那」 ゴクリと唾を呑み込んで、幸村は笑顔で両腕を広げた。 「来い、佐助」 「男らしいねぇ。俺様、惚れ直しちゃう」 チュッと軽い音を立てて唇が触れ合い、佐助が幸村の奥へと進む。ゆっくりと開かれる秘孔がうごめき、佐助の形を意識に伝える。張り出しが入り口に押し込まれ、内壁がわなないた。佐助はすべてを埋めずに、入り口付近で陰茎を扱く。 「はっ、ぁ、あっ、あっ、んっ、佐助、あっ、あ」 「どう? 旦那」 「んんっ、ぁ、はぁ、あ」 奥での快楽を知っている秘孔は、佐助の熱を奥に呑み込もうと波打っている。それに抗うように、佐助は波打ち際でたわむれた。 「ぁううっ、佐助……あっ、あ……んんっ、は……ぁ」 「気持ちいい?」 「んっ、んっ」 気持ちはいい。けれど、物足りない。佐助の切っ先は、ときおり幸村の敏感な部分を突いた。そのたびに腰が跳ねて内壁が絞まり、佐助の熱から先走りがこぼれ出る。それが意識を刺激して、最奥を熱に叩かれる快感を思い起こさせた。 「佐助……ぁ、はぁ、あっ、ぅ、くぅ……佐助ぇ」 気持ちがいいのに、物足りない。もっと奥まで埋めてほしい。わななく肉壁が不平を漏らしている。どうして奥まで来ないのかと、文句を言っていた。 「はぁ、旦那……すごいナカ、うごめいてる……俺様のこと、歓迎してくれてんの?」 「ふ、んぅうっ、あ、佐助」 奥へ来いと言えなくて、腰に脚を絡めて引き寄せた。それでも佐助は、頑として奥へは来ない。入り口を擦るばかりだ。 〜〜続く〜〜 発行日:2018年5月3日 超戦煌!