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※添削前の、漫画で言うネーム状態のサンプルです。発行時は、表現の変化や誤字脱字チェックなどが入ります。
※サイト掲載用の改行ではなく、製本時の改行で掲載していますので、読みづらさがあるかと存じます。
Timeless-Mobius Rover-

真っ白な季節に、ほんのりと色が付き始めるころ――そのさきがけが、真紅であるということに、真田幸村はなんとはなしに面映ゆいものを胸に浮かべた。
 真っ白い景色の中に、ほころびはじめた梅の花。平安のころ、主を慕って一夜のうちに梅が飛んだという逸話が残っている。目の前の梅に想いを乗せて、遠い場所へこの心を飛ばし伝えることが出来ればと、ふと無意識に淡く浮かんだ慕情に気付き、苦笑を浮かべて目を伏せた。
 今頃は、奥州も春のさきがけを感じている頃だろうか。自他ともに認める好敵手――応手筆頭、伊達政宗。彼もまた、ほころぶ花に自分を――紅蓮の鬼と呼ばれる己をわずかなりと思い出してくれているだろうか。
 彼と出会い、まみえるまで幸村はこのような心地を持ったことは無かった。初めて刃を打ち合わせた時の、奮えた魂の感覚は尾を引いて幸村の隅々まで行き渡り、しっくりと馴染んでしまった。時折、それを求めて渇き飢え、獣のように咆えながら情動のままに動きたいと望んでしまうほどに――。
 はぁ、と吐き出す息は白い。それが梅の蕾に触れて、溶けるように姿を消した。この息が春の息吹と重なり、雪を溶かし奥州への道を開き、彼の人との逢瀬をわずかでも早めてくれればと望む幸村の心など知らぬと、梅はほころぶこと無く静かに春を待っていた。
「恋しい人でも、いるのかい?」
 ふいに背後から声がかかり、目を大きく開いた幸村はゆっくりと体ごと背後を向いた。そこには、幸村よりも体躯がいいくせに優男という言葉が似合う、柔和な笑みを浮かべた客人がいた。
「前田殿――」
 名をつぶやけば、ゆっくりと横に並び立った前田慶次が
「梅がえにきゐる鶯春かけて 鳴けどもいまだ雪はふりつつ」
 蕾に顔を近づけて、言った。きょとんとした幸村に顔を向け、詠み人知らず、とにこりとして付け加える。
「春が待ち遠しいなって、そういう意味の歌だよ」
 そうして、慶次はもう一度、ゆっくりと幸村に覚え込ませるように繰り返した。
「梅がえにきゐる鶯春かけて 鳴けどもいまだ雪はふりつつ」
 幸村が、咀嚼をするように追唱し、二人でまだ咲く気配の無い――けれど、ほんの少し刺激を与えたら開いてしまいそうな蕾を見つめた。
「独眼竜」
 明朗な音で慶次が音にして、幸村はぎょっとした。にんまりと人の悪い、けれど憎めない顔をした慶次が、うらやましいねぇと歯を見せた。
「な、何がうらやましいと――」
「さっき、ぼうっとして梅を眺めていたのは、独眼竜のことを考えていたからだろ? 奥州もここも、雪深いからなぁ。ただでさえ、自由に会えない立場同士だってぇのに、雪に阻まれて手紙のやりとりすらも難しいんじゃないか? あの、優秀な忍の兄さんは、独眼竜へのあんたからの私的な手紙を、快く運んでくれそうには見えないし、あんただって、独眼竜への手紙を忍の兄さんに頼みにくいだろう?」
 あたりだろうと瞳で問うてくる慶次に、幸村は返す言葉が見つからずに、そっと目を逸らした。
 奥州筆頭である政宗は、おいそれと領地を動くことが出来ない。幸村は、甲斐を治める武田信玄の薫陶を受けている気に入りの武将だと、広く知れ渡っている。そんな身分の二人が簡単に逢瀬のできようはずも無く、また雪に閉ざされる季節には領内から出ることもままならなくなるほどに、雪が道をふさぐ壁となる。
 最後に政宗と顔を合わせ、言葉を交わし、魂を奮わせあったのは、半年ほどまでになるのではないか――。けれど幸村は、それを数年も前のことのように感じていた。
 無理に会おうと思えば、会えなくも無い。慶次の言った忍の兄さん――幸村の腹心であり、友であり、兄のようでもある猿飛佐助は大きな烏をあやつり、何もかもが白くしずかな雪に閉ざされて息をひそめる季節でも、諸国を飛び回り情勢を調べ上げては信玄へと報告を上げている。佐助に頼めば、幸村一人を奥州まで運ぶことはたやすいだろう。頃合いを見て迎えに来るようにと命じれば、そのようにもするだろう。そうしたいと申し出れば、くすぶる幸村に信玄が気付いていないはずは無く、好敵手である上杉謙信とのことと幸村と政宗の事を重ね見て、少々の留守ならばかまわぬと、許しを得ることも出来るはずだ。けれど、幸村はそういう私的な事に佐助の労力を遣わせることを、厭った。忍に対してそのような気遣いは、並の関係ではありえないが、幸村は主従である前にかけがえのない友であると、佐助の事を認識していた。
 雪に閉ざされる季節は、体が凍えて鍛錬をするにも不便だ。道場にて敬愛する信玄と刃を、拳をあわせて猛る事もあるが、その後に必ずといっていいほど幸村は政宗との打ち合いを思い出していた。
 あの、心の奥底より奮える刻が、欲しい――。
 政宗は、今頃どうしているのか。腹心である片倉小十郎と刃を交わし、竜の爪をさらに研ぎ澄ませているのだろうか。――打ち合いたい。
 その気持ちは、時が経過するにつれて強く膨らみ、春の気配をわずかにでも感じられる頃合いには、破裂しそうなほどに胸の奥に張りつめていた。
「のんびりと雪の合間を縫って行こうと思っているんだけどさ――言伝があるなら、預かるよ」
 えっ、と瞬いた幸村に、雪がもっと溶け出しはじめてしまったほうが、道がぬかるみ雪崩が起きやすくなるので危ないだろうと慶次が少し、首を傾けた。たしかに、春先の道は危うい。梅がほころび始めるころに雪崩は起きやすくなる。溶け始めた雪は滑りやすく、ほんのささいな刺激に動き、轟音を上げて道行くものを飲み込んでしまう。
「けっこう、長居をしちゃったしね。そろそろ、移動しようかと思ってるんだ。奥州の春ってぇのを、味わってみようかなってね」
 吹雪いてさえいなければ、諸国を悠々と渡り歩いている慶次にとっては雪の街道を行くなど、造作も無いことらしい。上杉謙信のもとから雪の舞う日にひょこりと甲斐に現れたのだから、奥州までの雪道もなんということも無いのだろう。武将でありながら民と交わりの深い慶次は、幸村よりももしかすれば細やかな街道に詳しいのかもしれない。
 共に行きたいと、連れて行ってほしいと口に出かけた言葉を奥歯で噛み砕き、喉の奥へと呑みこんで、幸村は唇にぎこちない笑みを浮かべる。
「また、お会いできる時を楽しみにしておりますると、お伝えくだされ」
「――うん。必ず、伝えるよ」
 幸村の心情など御見通しだと、慶次は笑みに乗せて告げた。
「夕暮れは雲のはたてに物ぞ思ふ あまつそらなる人を恋ふとて」
 梅越しに空を見上げた慶次が、しみじみと――朗々と歌を詠みあげる。その響きに、ぎゅっと胸を絞られた幸村は、その痛みを抑えるために胸に手を添えた。
「飛梅伝説みたいに、一夜で飛んで行けたらいいのにな」
 ひとりごとのように空に向かって声を放った慶次の横顔は、幸村の想いをくんでいるようにも、二度と会えぬ心深くに住まう愛おしい人を思い出しているようにも、見えた。
「それじゃ、さっそく挨拶をして、旅支度をととのえるかな」
 慕情を振り払うように明るく、慶次は庭から離れて行く。その背を見送りながら、幸村は自分の言葉を政宗がどう受け取るのだろうかと、彼からの返事はあるのだろうか――あるとすれば、いつごろこの身に届くのかと、居残る冬に身を震わせるように心を揺らした。

 明日出立するよと慶次が言って、彼の事を名残惜しみつつ、再びの来訪を願うような賑やかしい宴が開かれた。さんざんにさわぎ陽気な酒を何杯も煽り、先(せん)達(だつ)のおかげで酒への耐性は見た目の幼さよりもずっとある幸村でさえ、足元がおぼつかなくなるほどの樽が空になった。
「ちょっと。旦那――大丈夫」
 ゆらりと水草のように揺れながら進む幸村を、佐助が気遣いながら手を伸ばす。それを手の平を向けて制し「大丈夫だ」と告げた幸村は、朱に染まった頬を緩めてみせた。
「片づけなど、せねばならぬと宴の合間も気を休めることが無かったろう。俺の事はいいから、佐助は他の方々のことを頼む」
 ちらりと幸村の言葉に宴会場に目を向けた佐助は、高いびきをかいて眠る者や転がる食器や徳利、酒樽などを映しため息をつかせた。
「俺は、部屋に戻って休む」
 佐助の心中を察した幸村の言葉に、わかったと佐助がうなずく。
「おなか出して寝たり、しないでよね」
「俺は、子どもでは無いぞ」
「子どもみたいなとこ、たっくさんあるでしょうが」
 気心の知れた者同士にしか交わし得ない笑みを浮かべあうと、就寝の挨拶を口にして佐助を宴会場へ残し、幸村は私室へと廊下を進んだ。
 まだまだ冬としか思えぬ冷気が――雪の気配の混じるまろやかな冷気が、酒気に火照った体に心地よい。ぶわぶわと酒で緩んだ意識をかかえ、部屋に戻った幸村は気の付く侍女に整えられていた臥所へ、ごろりと横になった。そうして綿入れをかぶるように身にかけて、髪止の紐を解き、冴え冴えとした月光に浮かぶ青紐に求める相手の面影を浮かべる。
「――政宗殿」
 蒼い月光を纏う竜は、放つ雷で幸村の魂ごと痺れさせ、胸底に眠るものを目覚めさせた。それと共に――それの後に、体の奥に潜んでいた獣を呼び起こした。
はぁ、と酒気を帯びた甘い息が、白く夜気に溶ける。酒の熱だけではないものが、そこに込められていた。
「政宗殿」
 刃を交えるように、打ち合うように――肌を重ねて絡めあい、ぶつかり合った。幾度も、幾度も求めあい焼けつくような熱に乱され、声を上げた。
 ぶる、と身の底にいる獣が身震いをして目を覚ます。じわじわと幸村の肌に、獣の呼気が広がっていく。それを煽っているのは、片眼だけの美しき聖獣――片眼であるからこそ、冴え冴えとした美しさを引き立たせている孤高の獣。
「政宗……殿」
 酒に蕩けた意識は、情事の折の政宗を探り当て浮上させる。ぽこぽこと湯が沸き立つように、次々とさまざまなことが幸村の肌に、脳裏によみがえり赤き炎を纏う若き虎を――幸村に潜む原始的な欲を愛撫する。
「は、ぁ――」
 そろりと、幸村の手が着物の合わせ目に忍び入った。ぎこちなく自分の胸を滑る幸村の指が、小さく尖った場所に触れる。その途端、耳奥に声が届いた。
 ――幸村。
 ぞく、と背骨が震えながら甘い蜜を吐き出した。それが皮膚の下を流れ、体中を巡り終えた蜜は下肢にじわりと集まっていく。
「んっ……」
 きゅ、と尖りを抓み転がすと、再び声が響いてくる。
 ――幸村……。
 艶めく、細く眇められた剣呑な瞳。熱く甘い呼び声。少し乱れた息を漏らす、不遜にゆがめられた唇。
(ああ――)
 心臓が、やわやわと揉みしだかれて震えるままに、幸村は彼の人の手を思って自らを高めはじめた。
「っ、ん――んっ、ふ……」
 はじめはぎこちなく胸乳を探っていた指が、だんだんと明確な意思を持って動き出す。つまみ、ころがし、芯を捏ねるようにすれば硬く熟れ、さらなる刺激を求めて甘い痺れで理性を乱す。
「は、ぁ、ああ……」
 もう片手で、もどかしく下帯を解き勃ちあがりはじめた牡を掴んだ。
 ――素直だな……。
 揶揄する声が、幸村の欲と羞恥を撫で上げる。
「んっ、ふ…………っ、ぁ、あ」
 自らの指は、もう自分のものではなく政宗の動きであった。
「はっ、ぁ、ああ――政宗殿…………ふっ、ぅん」
 政宗の動きと同化した幸村の指は、胸乳を転がし牡を擦りあげ、熱を高めていく。張り出した牡を絞り、先走りをこぼすかしょを爪で掻けば、腰が浮いた。
「ひっ、ぁ、ああ――ぁ、は、あぅ」
 ――こんなに濡らして……自分の匂い、わかるだろう? なぁ……幸村…………すげぇ、熱くなってんぜ。
「ぁ、や――ぁあ、ふ、ぁう、ぅうん」
 彼の人は、幸村が乱れ狂うさまを楽しむように、わざと意地の悪いことを笑みを喉で潰したような声で、熱い息と共に耳に注いでくる。
 ――ほら……もっと、声を出せよ…………幸村。
「ひっ、ぁ、ああ、ふっ、ま、さむね……どのっ」
 膝を曲げて足を開き、彼の人を招くように、彼の人に昂る自分を示すように、求めるように腰を突き出し手淫を速める。幸村の手は先走りで濡れそぼり、擦りあげるたびに濡れた音を響かせた。
 ――幸村……甘い、な。
「っ、は、ぁあ……」
 それが、彼の人の口淫を思い出させた。急所をしゃぶりつくされる記憶に、幸村の腰が蕩けそうに焙られる。
「あぁ……あ、政宗殿っ――政宗殿ぉ」
 鼻にかかった声で、せっぱつまったように名を呼びながら、彼の人の熱を思い出し、身を捩らせて自らを高めていく。やがて――
「くっ、ぁ、あああ――ッ!」
 どくん、と大きく脈打った牡が、凝り留めた欲を吹き上げた。びくんびくんと震えながら、ゆるく扱いて全てを放ち終えた幸村は、ほうっと残滓を吐き出すように息をつく。ぼんやりとした意識で、誰も居ない見慣れた部屋の天井を眺めて苦しげに眉根を寄せた。
「――政宗殿」
 求める人は、遥か遠く――――。
「政宗殿」
 山の春が――冬の間に凝っていた命を爆発させるように、吹き上げるように命の色を広げる山の春が、明日にでも訪れはしないかと、幸村は切に願った。




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