どこの領土でもあり、どこの領土でも無い山中に湧き出でる温泉。 そこは、いつのころからか囲いが出来、脱衣所が出来、休む為の小屋が出来、誰もかれも――老若男女を問わず、この場所に辿りつけた者は誰でも自由に利用が出来る場所だった。 この温泉に入る時は、身分など関係なく、誰もかれもが、ただの一人の人間として過ごし、体に纏った、今まで生きてきた中で魂に羽織った何もかもを脱ぎ捨て、骨の髄から癒される場所だった。 そんな温泉の近くにある廃寺の本堂に、二人の男がいた。 一人は、透き通るような白い肌に黒い髪。片眼の眼帯が、彼の幽玄な美しさをこの世に留めるための杭のように思わせている男――奥州筆頭、伊達政宗。 いま一人は、やわらかそうな茶色の髪に、健康そうな褐色の肌。ふっくらと少年を思わせる頬に差した朱が、より幼さと保護欲を刺激する男――甲斐の若虎、真田幸村。 互いに戦場に出れば、常人が思いもよらぬ鬼神ぶりを発揮する、兵士や武将に恐れられる存在であり、また双方の力量を認め合った好敵手同士でもある政宗と幸村は、ここでは年頃の少年から青年へと移り変わる心根となり、親しく過ごす。 つまらなさそうに手枕で床に寝転がる政宗を、あぐらをかいた幸村が物言いたげに見つめるが、政宗はきっかけを作ってやるでもなく、無視をしているというよりは、まったくもって存在を気にかけていない態でいた。 眠るでもなく、かといって起きているわけでもない政宗を、そわそわと落ち着かない様子で眺めていた幸村が、そっと手を伸ばし四つん這いになって顔を寄せる。「政宗殿」 眠っていれば起きないような、小さな声で呼びかける。政宗の瞼が、ゆっくりと持ち上がった。それに、ほっとした顔をした幸村がもう一度呼びかける。「政宗殿」 起き上がった政宗に、つられるように幸村も顔を上げて座った。 くあ、と大きな口を開けて欠伸をし、伸びをした手を肩に置き、首を回す政宗を、幸村はじっと待つ。そうして体をほぐした彼が「で、何だよ」 と声をかけてくれることを、知っているからだ。「政宗殿に、伺いたいことが、ござる」 きりっと眉をひきしめる幸村に、億劫そうな目を向けた政宗が「Ah――?」 眠たそうに、機嫌の悪そうな音を出した。「なんだよ」 まだ眠気の取れていない声の、興味もなさそうな政宗へ膝を進めて顔を寄せた幸村が、真剣な声で言った。「片倉殿と政宗殿のことに、ござる」「俺と小十郎が、どうした」「その……お二人は、その、良い仲で、ござろう――?」 少し目を逸らし、もじもじと言う顔に政宗の唇が意地悪く楽しげに歪められた。「もっとハッキリ言って、かまわねぇんだぜ。見ただろう――? 俺と小十郎が、熱く求め合ってんのを……アンタと、あの忍のようにな」 ぐっ、と息をつめた幸村の顔が火を噴きそうなほどに赤くなる。喉の奥で笑いながら、酒を食らったような顔を覗き込んだ。 前に、奥州の双竜と言われる政宗と片倉小十郎と、幸村とその忍である猿飛佐助は温泉で偶然にも出くわし、誰もいないと思い込んでコトに及んだところ、双方に気付いて共に楽しんだことがあった。「で、俺と小十郎について、何が知りてぇんだ」 身を引いた政宗の声音から、からかう気色が消えたことに文字通り胸をなでおろしながら、まだ赤いままの顔を幸村が上げる。「その……政宗殿は、いつも自ら片倉殿を――その…………」「Ah――? なんだ、そんな事か。決まってんだろ。身分だなんだを気にするなっつったって、長年滲み込んじまったモンをいきなり忘れろなんて、無理な話だからな。小十郎にとっちゃ、俺はどこまでも主なんだよ。だったら、こっちから許可を与えてやんなきゃ、欲しがってたとしても手は出してこねぇ。――ソッチだって、そうだろうが」 何を当たり前の事を確認しているんだ、とでも言いたげな政宗に、幸村が唇を噛み眉を情けなくハの字に下げた。それに、おや、と政宗が眉を上げる。「おいおい、なんだ――まさかソッチは、あの猿がしてぇ時にアンタに手を伸ばす、なんて言わねぇよな」 その言葉に俯いてしまった幸村が、力なくつぶやく。「――佐助に、政宗殿のように、一度でいいから大胆に求めてもらいたいものだと、言われ申した」「はぁ?!」 思わず膝を立たせた政宗に、体を固くして身を縮めた幸村が、胸に溜まったものを吐き出すように、一気に言う。「常に、佐助から始まるばかりであることに、佐助は不満があるらしく、あの折に政宗殿のように、某から積極的に欲しいと求められて見たいと言われ申した」 顔を上げ、縋るように政宗を見つめた幸村は真剣そのもので「いかようにすれば良いのか、ご教授願いとうござる」 手を着き頭を下げる姿に、はっ、と短く息を吐き出して政宗は座りなおした。「するってぇと、何か…………アンタ、いつも猿が求めてこなきゃ、しねぇのか」 もじ、と幸村が体を揺らして唇を尖らせる。「某が、その……そのような気分になった折は、佐助が察して促しまする。自ら始めようとしたことは、ござらぬ」 主として情けない、とつぶやく声は政宗の耳には届かなかった。「…………うらやましいぜ」 ぽつりとこぼれた政宗の声に、不思議そうに顔を上げた幸村が瞬く。「Never mind.なんでも無ぇよ――なるほどな。破廉恥だなんだと言うアンタが相手じゃあ、忍が察して手を伸ばしてやんなきゃあ、何も進まねぇってワケか」 小十郎にも、そのぐれぇ積極的になってもらいてぇもんだ――という政宗の心中のぼやきが幸村に聞こえるはずもなく、彼はただ自分が不甲斐ないと膝上で拳を握る。「せっかくに、身分の上下なく過ごせる場所があるというのに、どこまでも佐助に助けられてばかりいる自分が、情けのうござる。――なれど、いかようにすれば良いのかがわからず、ご教授願えればと存じておりもうす」 どうか教えてくだされと頼む幸村に、頭を掻いた政宗は深く胸に息を吸いこんだ。「アンタ、猿のことを欲しくなる時は、ねぇのかよ」「そ、それは……」「どうなんだ」「あ、ありもうす――なれど、佐助が気配を察し、その……」「Fum――」 半眼になった政宗が、呆れと羨みを込めて羞恥に目を泳がせる幸村を眺める。「主として、自ら求めて促してぇって事か」「政宗殿のように、と佐助に言われ、いかに自分が佐助に頼り切り、まかせきりであったのかを知りもうした。しかし、甘えてばかりではいかぬと思いはすれど、いかようにすれば良いのか皆目見当もつきませぬゆえ」「いかようにも何も、素直に欲しいって言えばいいだけじゃねぇか」「そ、それが難しいのでござる」「わっかんねぇなぁ」 立ち上がった政宗に、あきれられ見捨てられたと思ったのか、幸村も慌てて立ち上がった。「ま、政宗殿」「ンな、捨てられた雨の日の子犬みてぇな目で、俺を見るなよ。誰も、教えてやらねぇなんざ言ってないだろう」「で、では――」「口で言うよりも、見せたほうが早ぇ――ついてきな」「は、はいっ!」 ぱあ、と顔を輝かせた幸村が、歩き出した政宗の後ろを喜びと期待を隠そうともせずに、追いかけた。 小十郎×政宗へ◆ 佐助×幸村へ ※話の流れは、コマサ→佐幸→EDです。 2012/11/02