潮の香りに包まれて、活気のある声が響いている。「アニキ! これ、そっちに運んでいっても、いいっスか!」<「アニキ、そろそろ休んじゃあどうです」「側面は、完成しやしたぜアニキ」「おう、すまねぇな。オメェらも、休憩しろよ」「大丈夫ですよ、アニキ」「この程度じゃあ、へこたれませんって!」「アニキこそ、休んでくださいよ」「おう、そうか。そんじゃあ、その言葉に甘えさせてもらうとするか。おい、政宗。幸村」 長曾我部元親に呼ばれ、ぽかんと口を開けてカラクリ兵器の製造工場を眺めていた幸村と、感心したように目を光らせて、作業を見つめていた政宗が彼の側に寄った。「どうでぇ。俺らのカラクリの技術はよ」 歯を見せて笑う元親に、子どものように顔を輝かせた幸村が、胸元で拳を握った。「すばらしゅうござる! あのギザギザとした丸いものが組み合わさり、さまざまな仕掛けになってゆくさまは、まこと面白うござる」「そうかいそうかい。そんなに嬉しそうにされちゃあ、見せてやったかいがあるってぇモンだ。で、政宗はどうだ」「Fun……技術もさることながら、よく働く奴らだな。感心するぜ」 政宗の言葉に、元親はみっしりと盛り上がる胸筋を突き出すように、自慢げに逸らせた。「おうよ。最高だろう? 野郎共! 奥州の竜が、テメェらを褒めてくれてるぜ」 おお、と雄たけびのような喜びの声が上がる。そのれがすぐに、長曾我部名物の「アニキコール」へと変わった。「へへ」 照れくさそうに鼻の下を指で擦った元親に、幸村が真剣な顔を向ける。「元親殿。貴殿が、かように慕われている理由を、教えていただきたい。某、まだまだ未熟ゆえ、人心をまとめる術が甘いと判じておりまする。これほどに心を一つにできるコツ、何かござろうと存じまする」 ん、と元親が首をかしげて瞬いた。「コツも何も、俺ぁアイツらのことを気にかけて、話しかけてやったりねぎらったりしてるだけで、特別なことは何もしてねぇぜ」 特別なことは何もしていないと、何故そのようなことを聞かれるのかと、元親は本気で不思議がっている。それに、幸村がうなり政宗が笑った。「HA! なるほどな。人は、自分の働きを理解してもらい、それ相応だと思うねぎらいを求めるモンだ。元親は全員の顔と名前を覚えているんだろう。そんだけ、親密な関係を作って、小まめに目を向けて声をかけているから、ああなるんだろうな」「ねぎらい……」 呟く幸村の背を、ばんと強く元親が叩く。「働きの報酬は、金品だけじゃねぇってこった。そういうモンより別のモンを欲しがっている場合だってある。なんでも金じゃあねぇんだよ」「アンタが言うと、妙な具合だな」 政宗が皮肉に片頬を持ち上げて言うのに、ちげぇねぇと元親が笑う。「政宗の右目も、幸村の忍も、金品じゃねぇモンのほうが喜ぶんじゃねぇか? アンタらの世話役は、相当に骨が折れるだろうし神経も使いそうだからな。胃に穴が開いたりしねぇように、たっぷりと休暇を取らせてやるとか、なんか喜ぶようなことをしてやるとかよ」「喜ぶこと……」 幸村が元親の言葉を繰り返す。それに元親が答えようと口を開きかけたとき、バンと大きな爆発音が聞こえ、目を向ければ作業場に灰色の煙が立っている。「っ! おい、大丈夫か……っと。オメェらは部屋に戻って、休んでてくれ。状況によっちゃあ相手をしてやれねぇからよ。用事があったり腹が減ったりしたんなら、適当に誰かを捕まえて言えばいい」 煙のほうに走りながら、元親が叫ぶように二人に告げる。その背を追いかけようとした幸村を、政宗が腕を掴んで止めた。「俺達が出る幕じゃあ、ねぇよ」「しかし……」「他所ものがいることで、気を使わせて作業に支障が出るかもしれねぇだろう。ここは、いわれたとおりに大人しく与えられた部屋に、ひっこんでいるのが正解だ。You see?」「ぬ、ぅ……」 うつむきながらも追いかけることをやめた幸村から、政宗が腕を離す。すると幸村は、うなだれたままぽつりと言った。「某は、なんと未熟なのだ」「Ah?」「元親殿も、政宗殿も、状況を判断し周囲のことを気遣うことを行えるというのに、某は目の前のことにばかり気を取られ、他所ものである自分が現場に行けば逆に迷惑になるかも知れぬなどと、考えが及びませなんだ」「Ah……まぁ、行ったら行ったで何か役に立つこともあるかもしんねぇが、ここはアイツらのシマだからな。行かなくてもいいと思ったんだよ]「そう瞬時に判断できる政宗殿は、元親殿の言う状況に応じたねぎらいを、片倉殿にされておられるのでしょうな」 きょとんと政宗がまばたきをし、幸村は眉間にしわをよせて苦しげに政宗を見つめた。「某は、佐助に助けられてばかりで、十分なねぎらいをできておるとは思えぬゆえ、政宗殿はどのようにして片倉殿をねぎらわれているのか、お教え願いたく存じまする」 真剣な顔に、ぽり――と頬を掻いた政宗は、ため息をついて腕を組んだ。「Ah……そうだなぁ。――ねぎらいっつっても……まぁ、アレだ」「どれでござるか」「ほら、アレだよ、アレ」 唇を突き出し、顎で何かを指し示す政宗の仕草で、鈍い幸村が察することなど出来ようはずもなく、難しい顔をして首をかしげる。「なんで、わかんねぇんだ」「も、申訳ござらぬ」 いらだった声にうろたえながら謝るも、幸村はとんと政宗の言わんとしていることが察せられない。盛大にため息を吐いてみせた政宗が、ぽつりと「猿は苦労するだろうな」と言い、幸村は悲しげに眉根を寄せた。「政宗殿の言うとおり、某は佐助に苦労をさせてばかりでござる。それゆえ、政宗殿が片倉殿をどのようにねぎろうておられるのかを、知りたいと…………」 がりがりと頭を掻いた政宗が、幸村から拗ねたように視線を離して言う。「俺とアンタが、相手に出来る一番のねぎらいっつったら、決まってんだろうが」「決まっている?」「疲れが溜ったら、その……別のモンだって溜るだろう。それに、信頼関係を深めるのにも、その溜ったモンを出させる行為は有効だしな」「――溜る?」「ここまで言って、わかんねぇのかよアンタ。本当に鈍いな。そんなんで、猿を満足させられてんのか? ずっとマグロなんじゃねぇだろうな」「マグロ、とは……? 某、魚ではござらぬ]「Ah……OKそうだな。アンタはそういう奴だよ。本当に、猿は苦労してるだろうぜ。猿がアンタが欲しいと思っても、アンタはきっと察することも出来ないだろうからな」「佐助が、某を欲しい…………あっ」 ぼん、と幸村の満面が酒をくらったように赤くなった。「ようやく気付いたかよ。ったく……相手は従者なんだから、こっちがいいって合図を出してやんなきゃ、ヤりたくても手をだせなかったり、するだろうが」「っ、ま、ままま、政宗殿は……ッ、か、片倉殿に、その…………してもかまわぬと、その……片倉殿が、そのような気配を出されれば、も、申されるのか」 うわずった声で聞いてくる幸村に、にやりと政宗が口の端を持ち上げる。「ああ、そうだ。小十郎のそういう気配を察したら、俺から誘ってやってんだよ。でなきゃ、手を出しずれぇだろうが」「ぬ、ぅ……某、いつも佐助から、その…………で、ござるゆえ、某からその……う、ぅう」 真っ赤になって目を閉じた幸村に、政宗の顔が憮然となる。「羨ましい野郎だぜ」「えっ――?」「何でもねぇよ。……俺は、これから奥州からの長旅と、着いて早々の情報収集やら何やらで、疲れているだろう小十郎を、たっぷりと全身でねぎらってやるつもりでいるぜ。アンタはどうする」 心中に浮かんだ不満を瞬時に引っ込め、余裕ぶった顔をする政宗に、幸村はきりりと眉を持ち上げた。「そ、某も……佐助をねぎろうてやりまする」 しかし、その眉はすぐに情けないハの字に変わった。「なれど、いかにして良いのか……」「そんなの、決まってんだろ。普段と違う場所で、普段と違うことをしてやりゃあいい」「違う、こと?」「アンタから足を開いてやるとか、咥えてやるとかよ」「くっ、くわえ……ま、政宗殿はそのっ、そのよ……っ、そのようなことを、か、片倉殿に、そのっ、あ、ぁうう」 頭から湯気が立ちそうなほどに赤くなった幸村が、目を回しそうになっているのに、政宗は「you can do it」といいながら背を向けて、隠し切れなくなった羨望が不機嫌となって浮かんだ顔を隠し、与えられた部屋に向かった。 佐助×幸村へ ◆ 小十郎×政宗へ 2012/12/20