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今すぐ恋に落ちてくれ

 のんびりと水茶屋で団子をほおばる平服の真田幸村の横で、団子の串を振りながら前田慶次が眉間にしわを寄せ、訳知り顔で巷説を垂れていた。
「だから、そういうものは恋じゃあないってね」
「Fum……」
 膝の上に肘を置き、頬杖をついて面白くもなさそうに聞いていた、同じく平服の伊達政宗は、あきれた目を慶次に向ける。
「アンタの頭ン中は、色恋のことしか無ぇのかよ」
 話題は、近頃人気の芝居の話だった。
 小さなころより仕えていた下女に、年頃となった若旦那が想いを寄せる。けれど下女は他の男と恋仲であった。若旦那が下女を自分の傍へ呼び寄せ、下女は若旦那に指示されるままに身ぎれいにして、求められるままに従う。
 若旦那は、下女は身も心も自分に尽くしきってくれているものだと信じ切り、下女は人に見えぬ場所で一人、本当に心に想う男の事を思って泣く。
 下女が想いを寄せている相手は、若旦那といるほうが、その女の為になるだろうとひっそりと身をくらませる――というような、よくある悲恋の物語であった。
「政宗みたいに、むっさい男ばっかりの中にいたら、恋をしないうちに、ヨボヨボの爺さんになっちまうぜ。ま、年がいってからも、恋はいくらでも出来るけどさ。やっぱ今のうちに、恋、しといたほうが楽しいと思うよ」
「It's none of your business――I am pining for my right eye」
「ん?」
「なんでもねぇよ」
 ふうっと息を吐き出して茶を啜った政宗に、慶次がつまらなさそうな顔をする。
「幸村と違って、そういうのに初心すぎそうには見えないのになぁ。幸村だって、恋人の一人ぐらいいたって、おかしくないのにさ」
 ぶふぉっと団子を吹き出した幸村に、うわぁと大げさに慶次が飛び退く。恋という言葉に反応したのか、団子を喉に詰めた事が苦しいのか、幸村の顔は真っ赤に染まっていた。
「ほら」
「かっ、かたじけのうござる」
 政宗に茶を差し出され、それを受けとり口を付け落ち着いた幸村が息をつく。
「そんな、過剰に反応する事は無いだろう? 幸村。……あ。もしかして、恋仲の相手がいるとか」
「なっ、そっ、そそそそそそのような者はござらぬっ! 破廉恥でござるぞ」
「なんで、それが破廉恥になるんだよ」
 真っ赤になってしまった幸村に、不思議そうな顔をする慶次は知らない。この二人が、それぞれの従者と大人の関係を結んでいるという事を。
 それを知っているのは、幸村と政宗、そして二人の愛おしい従者――猿飛佐助と片倉小十郎のみであった。
「慶さぁん! 早くしないと、次の演目がはじまっちまうよォ」
「おおっと。はいよぉ! すぐ行くぅう!! じゃ、悪いねぇ、お二人さん。俺はここで失礼するよ」
「Ah――芝居でもなんでも、さっさと行きやがれ」
「つれないなぁ、政宗は。それじゃ、幸村も! 二人とも、いい恋しなよっ」
 ひらひらと手を振りながら去る慶次の、揺れる高く結い上げられた髪を見ながら、政宗がやれやれと息をつく。
「アイツが、俺らがとうに良い相手を見つけているって知ったら、どう思うだろうな」
 なぁ、と政宗が幸村に顔を向けると、幸村は酷く真剣な顔で足元を睨み付けていた。
「おい、どうした?」
「……政宗殿」
 思いつめたような顔の幸村が、不安瞳を揺らして政宗の顔を覗き込んだ。
「先ほどの前田殿の話……なんとも思われませなんだか」
「Ah?」
 怪訝に片方の――光のある方の目をすがめる政宗に、目をさまよわせながら幸村が目を伏せる。
「……長年、仕えていた相手に乞われたから、恋仲の相手がおりながら従った。長年仕えていた相手は、身も心も尽くしてくれているものと、信じ切っていた」
「……だから、何だ」
 ふっと幸村の言わんとしているものの匂いを嗅いだが、あえて政宗は問うた。
「佐助も、よもやそうなのではないかと――あれは、何かと言えばすぐに、忍相手にする事では無い、忍相手に言う事では無いと申すゆえ…………某が勝手に、佐助は俺を想うてくれていると考えているだけで、実際は忍ゆえに某の想いを無下に出来ず――」
「No nonsense now! アンタんとこの忍が、アンタにベタ甘なのは明白だろうが。つまんねぇ考えをめぐらせるんじゃねぇよ」
「なれど……。政宗殿は、何とも思われませぬのか」
「俺と小十郎は、そんな話を聞いて不安に揺らぐほど、軽い間じゃねぇんだよ」
 こんこん、と右目の眼帯を叩いてニヤリとしてみせる政宗に、幸村はきゅっと唇を引き結んだ。
「アンタんとこは、あんな話を聞いて揺らいじまうほど軽いのかよ」
「そのような事は、ござらぬ」
「なら、気にする必要なんざ、無ぇんじゃねぇのか」
「そ……う、でござるな」
「そんなことより、そろそろ迎えが来る頃だな。団子を食いすぎたって知れたら、猿に怒られるんじゃねぇのか?」
 ニヤリとされて、幸村は慌てて串を皿の上に並べ代金を床几に置いた。
「馳走になった!」
 店奥に声をかけ、口を手の甲で拭う幸村の、年よりもずっと幼い仕草に笑みを浮かべながら、政宗は胸奥にほんのりと浮かんだ冷たく黒いものの存在を自覚していた。
「政宗様!」
「旦那!」
 しばらくすると、小袖姿の佐助と長着姿の小十郎が、それぞれの主を――恋しい人を迎えに来た。
「おまたせ、旦那。団子、食べ過ぎたりして無いよね?」
「子どもでは無いのだぞ、佐助。そのような言い方があるか」
「そういう言い方をさせないように、旦那がしっかりしてくれたら、俺様の手も空いて楽になるんだけどねぇ?」
 愛しさをにじませたからかいに、常ならば頬を膨らませる幸村が、今日は情けなく眉を下げる。おや、と佐助の眉が上がったと同時に、幸村はうなだれ「すまぬ」とつぶやいた。
「俺が、不甲斐ないばかりに佐助の手を煩わせてばかり、おるのだな」
「いや、えっと――旦那?」
「すまぬ。佐助」
「え、ああ、いや……うん。えっと」
 これはいったいどういう事かと、佐助が政宗を見る。政宗は軽く肩をすくめるだけで、何も言わない。困ったように頬を掻いた佐助は、ぽんと幸村の肩を叩いた。
「ほらほら。そんな顔しないで旦那。せっかくの長期の休みで、身分とか関係なく楽しく過ごそうって言っていたのに、説教くさいこと言って、ごめんね?」
 そっと幸村の指に指を絡ませた佐助が、額をこつんと重ねる。ちらと眼を上げた幸村が、すぐに目を逸らして頷いた。
「ほら、旦那。宿に戻ろう」
「うむ」
 二人の様子に、あきれた息を吐いた政宗が腕を組む。ちら、と横に立つ小十郎に目を向けてみれば、ほほえましそうな顔をして二人を眺めている。チッと心の中で舌を打ち、政宗は肩で小十郎を小突いた。
「いかがなされました?」
「なんでもねぇよ」
 憮然としたまま宿への道を行こうとする政宗の袖を、そっと小十郎が掴む。
「なんだよ」
 耳打ちをするように顔を寄せた小十郎の唇が頬をかすめ、間近に触れあった視線に滲む想いを見取り、政宗は目じりに朱を差して不機嫌そうに顔を逸らした。
「ちょっとちょっと。旦那の前でいちゃつかないでくんない? うちの旦那は、純粋なんだからさぁ」
「いちゃついているのは、どっちだ猿飛? 俺は、テメェが真田にしてるほど、政宗様を甘やかしてはいねぇと思うが」
「じゅぅうぶんっ、甘やかしているように見えるけどねぇ」
 ふふんと鼻で笑う佐助に、小十郎も負けぬ笑みを返す。ふたりのやりとりを幸村はきょとんとして眺め、政宗は面映ゆさを誤魔化すために、ますます不機嫌な顔になった。
「さっさと宿に戻るぞ」
「はい、政宗様」
「ほら、行こう旦那。夕餉が、楽しみだね」
「うむ」
 こうして、二組の主従――としてではなく、ただの情人同士として休暇を楽しむために、二人の事をあまり知らぬ国に遊びに来た四人は、連れ添って宿へと向かった。

 宿は繁忙期ではないために、客がいるにはいるが少数で、四人は自分たちの正体がばれる心配をする必要も無く、すっかりとくつろいでいた。
 用意をされた夕餉は存外に美味で、お互いの秘密を知りあう仲であることから、四人は共に膳を囲み舌つづみを打ち、明日はそれぞれに別れて散策にでも行こうかという話になった。
「ふらふらと、身分を気にせず町人らに交じって歩くってことも、なかなか出来ないからな」
「良い、息抜きとなりましょう」
「旦那。ちょっと行った先に、綺麗な滝が見られる場所があるらしいけど、どうする?」
「滝か……見てみたいな」
 そんな会話をしながら、食後にちびちびと酒を楽しんでいると、失礼しますと宿の女が追加の酒を運んできた。
「お。ねえねえ、ちょっと聞きたいんだけどさ。ここいらで、旅の土産に見ておいた方が良いっていうもの、何かある?」
 佐助の問いに、女はにこりとして心なしか胸を反らし答えた。
「それはもう。菊松屋の芝居ですよ」
 ぎくり、と幸村と政宗が身をこわばらせる。それに二人の従者は気付き、佐助は質問の意図を変えて女に重ねて問うた。
「旅の土産に見るほどの、芝居なんだ? ちなみに、今やってるのは、どんな内容か教えてくんないかな」
 気まずそうに、幸村と政宗が目を合わせる。その気配を察しながら、佐助も小十郎も女の話に耳を傾けた。
「それが、とても切ない恋の話なんですよ」
 うっとりと酔うように、女は慶次が二人に話して聞かせた芝居のあらすじを語った。
「その、恋仲の男を演じている役者が、なんともいえない哀愁を漂わせているんですよォ」
「へぇ――そいつぁ、面白そうだね。ありがと」
「あ、いいえ。すみません、つい」
 熱のこもった説明をしてしまったことに気付き、女はぱっと顔を赤らめて頭を下げると去っていく。その足音が聞こえなくなってから、ちらと佐助と小十郎は互いの主に目を向けた。
「――ああ、そうだ。いつも俺達が先に湯を使っているからな。先におまえら、入って来いよ。俺は、まだ酒が残っているし、話し足りねぇこともあるし。なあ、そうだろう幸村」
 何かを誤魔化すように急いで言葉を紡ぐ政宗に声をかけられ、舞台の演目の話を聞く佐助をはらはらしながら見ていた幸村は、はっと意識を佐助から政宗に向けた。
「あ、ああ。そうでござるな。うむ、うむ…………佐助。いつも俺が先に湯を使っておるが、今は主従というものを忘れての旅の中。先に、片倉殿と湯に入ってこい。昼間も、二人でなにやらこちらの料理や作物のことなどを、話しておったのだろう? その話がまだ、残っておるのではないか」
「ああ、そうだ小十郎。ついでにゆっくり、猿に薬湯のことでも聞いて来いよ。いつだったか、滋養に良い薬湯がどうのと言っていたじゃねぇか」
 あきらかに態度のおかしい主らに、佐助と小十郎は半ば確信をしながらそ知らぬふりで、それではと腰を上げる。
「政宗様のお心遣い、ありがたく頂戴いたします」
「旦那がそう言うのなら、遠慮なく先に湯に入ってきちゃおっかなぁ。ああ、そうだ。ここの宿は、内湯と外湯があったよね。俺様、寒いの苦手だから内湯だけにしたいんだけど」
 意図を含んだ目を小十郎に向ければ、小十郎が承知したと目で合図する。
「ああ、俺も内湯だけにしておくつもりだ。政宗様方は、いかがなさいますか」
「えっ、あ、ああ……そう、だな。湯の後に、あんま小十郎を待たせるのも悪いから、呑んだらどっちかに入りに行くか。アンタは体温が高そうだから、外の湯で景色を楽しみながらのほうが、いいんじゃねぇか」
「そっ、そうでござるな。政宗殿も、いかがでござる」
「Ah――なら、俺もアンタに付き合って、外湯を楽しむとするか」
「それじゃ、俺様たちは先に行くね」
「では、政宗様」
「Ah。話し込んで、湯あたりするんじゃねぇぜ」
「政宗様こそ、お気をつけください」
「旦那、外湯に行くなら湯冷めしないうちに、上がったらすぐに着替えて部屋に戻ってきなよ?」
「うむ」
 それじゃあと従者二人が部屋を出て、ちらと幸村と政宗が目を合わせる。
「――勘付いていると、思うか」
「……おそらくは」
 ぐっと顔を見合わせた後、幸村と政宗はそれぞれ顔を手で覆い、盛大なため息を付いた。

 内湯にのんびりと並んで浸かりながら、ふふっと佐助が笑みを漏らす。
「どうした、猿飛」
「ん? ああ。可愛いなぁって」
 何事かを含んだ目を小十郎に向ければ、小十郎は目じりを和らげる。
「ああ、お可愛らしいな」
「まったく。つまんないこと気にするんだから」
「嬉しそうだぞ、猿飛」
「片倉の旦那だって、ちょっとニヤついてるんじゃないの?」
「仕方ねぇだろう」
「仕方ないよねぇ」
「まったく――あのお方は」<br>「ほんっと、旦那ってば」
『いとおしすぎて、どうしようも(ねぇな/ないよ)』
 天井を見上げて、二人は想いを湯気のように立ち上らせる。
「今頃、外湯に行っているだろうねぇ」
「だろうな」
「ふふっ。旦那達ってば、どんな話をしているんだろう」
「さあな。……昼間に前田と会っていたからな。あの芝居の話を聞いて、何か思っていたことは確かだ」
「俺様たちに、勘付かれたって思ってるよね」
「思っているから、あの態度だったんだろう」
「かわいいなぁ」
「まったく、仕方の無いお方だ」
 ちゃぷん、と鼻の下まで湯に浸けて、佐助が幸せそうにしている横で、小十郎も何かを噛み締めるように目を伏せ、口元を緩ませている。
「さて、と。俺様、そろそろ上がっとく。旦那より先に部屋に戻っておきたいし」
「ああ、そうだな」
 ざばりと佐助が立ち上がり、小十郎も後に続く。
「で、どうすんの」
「何がだ」
「部屋に戻ったら」
「ああ……。決まってんだろう。テメェと同じだ」
「だよねぇ。ふふ。どんな顔して、部屋に戻ってくるのかなぁ。――あ、片倉の旦那。今夜は、何が聞こえても聞かなかったことにしといてよね」
「お互い様だ。――いや。他に意識を向けている余裕なんざ、無ぇかもな」
「あ、そうかも」
 ほこほこと温まり朱に染まった肌を衣で隠し、上機嫌な二人はそれぞれの部屋へと戻った。
佐助×幸村へ小十郎×政宗へ
2013/01/27



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