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切り札は最上級

 大気が震え、渦を成して衝突している。それを巻き起こしている紅蓮の炎と蒼い稲妻を、炎の従者である緑の風は凪いだ目で、稲妻の従者である褐色の大地は包む瞳で、見つめていた。
「ああなっちゃうと、俺様のことも忘れちゃってるんだろうなぁ」
 緑風の猿飛佐助は、頭の後ろで腕を組み、ぼやく。
「お互い様だ」
 育む大地の片倉小十郎が、ぽつりと返した。
「なんか、ちょっと……いや、だいぶ妬けるかも」
 ちらりと、小十郎の様子を窺うように横目を向けてくる佐助に
「そういう次元じゃねぇだろう」
 何の変化も見せぬまま、小十郎が答える。
「ま、そうだけどさ」
 大気の渦に目を戻した佐助は、満身に喜びをみなぎらせて、槍を振るう主、真田幸村に向けて唇を尖らせた。
「俺様の事なんて、かけらも意識に残っていないんだろうなぁ」
「お互い様だ」
 獣の笑みを浮かべ、嬉々として六爪の刃を振るう主、伊達政宗を見つめながら、小十郎が息を吐いた。
「なんか、むかつく。……あ、でも、そうすると、片倉の旦那も、うちの旦那の事を面白くないとかなんか、そんなふうに見ちゃっていたりする?」
「そういう次元じゃねぇと、言っているだろう」
「優等生だねぇ」
「そうじゃねえ」
「ん?」
「そう思い込ませているだけだ」
 小十郎の眉間に皺が寄った。
「片倉の旦那でも、嫉妬するんだ」
 佐助が、ニヤリとする。
「真田と俺とじゃあ、政宗様の中での位置が違うだろうが」
「そうやって、言い訳してるんだ」
 からかいの声音で問う佐助に、小十郎は無言を返答とした。
「俺様だって、わかってるさ。竜の旦那と俺を、旦那は全く違う次元で認識してくれてるってことくらい、さ」
 声を出し、大きなため息をついて見せる佐助が、手におそろしく大きな手裏剣を持った。
「かすがのこと言えねぇなって、時々思うぜ」
 心を預ける上杉謙信の好敵手、武田信玄に、女忍かすがは嫉妬をしていた。
「こればかりは、どうしようもねぇだろう」
 小十郎が腰の得物に手を添えて、腰を落とす。
「そろそろ、御邪魔虫になりますか」
「これ以上は、容認できねぇからな」
 炎と稲妻が間合いを取るために離れ、大地を蹴ると同時に風と大地も走りだし、主の剣劇を受け止めた。

 どこの領地とも言えない山奥に、好敵手である二人が人目を忍んで刃を交える場所があった。小十郎が手配して建てた山小屋を、管理を任された佐助が手入れし、血気盛んな年頃の主らの滾りを消化させんと、頃合いを見ては目付として同行し訪れ、近くにある広場でお互いを高め合うことを許している。
「しかし。旦那の槍をあんなふうに受け止めるなんて、流石は奥州を統べる竜だよねぇ」
 打ち合いを止めた佐助と小十郎は、それぞれの主をなだめ、休憩所として作り管理している山小屋へといざない、囲炉裏に火をくべ鍋を温めていた。
「なんだよ、猿。アンタが俺をほめるなんざ、気持ちがわりぃな」
「別に、ほめてるわけじゃないよ。竜の爪は伊達じゃないってことを、こんどは俺様が肌身に感じてみたいなぁって、思ってさ」
 ぐるぐると鍋を掻きまわす佐助の、世間話をしているような調子に、政宗は器用に片方の眉を持ち上げ、幸村は笑みを浮かべて前にのめった。
「佐助も、政宗殿の力量に滾ったのだな」
「ああ、うんまぁ。滾ったというか、なんというか。……一応、俺様も男だし? 優秀な忍の俺様と、互角に戦える相手なんて、なかなかいないからねぇ。あ、そうだ。今度さ、旦那は片倉の旦那と手合せしてみれば? 竜の旦那は、俺様としてみなぁい」
 ふふっと誘いの目を向ける佐助に、まんざらでもなさそうに政宗が口の端を持ち上げた。
「アンタとか。幸村がしょっちゅう優秀だと褒める忍の腕前を、感じてみるのも悪くねぇな」
「某も、片倉殿と手合せをしてみとうござる」
 きりりと眉をそびやかし、嬉しげに口元をほころばせた幸村が、真っ直ぐに小十郎を見る。
「俺も、真田の腕は買っている。仕合う誘いに乗るのは、やぶさかじゃあねえ。…………正直、打ち合ってみてぇとは思っていたんだ。遠慮なく、全力で仕合えるだろうからな」
 鋭い目に笑みを乗せて幸村を見る小十郎に、政宗がぴくりとこめかみをひくつかせた。
「おお! まことにござるか」
「嘘で、こんなことが言えるかよ。真田の力量を買ってなきゃあ、わざわざ小屋を建てて政宗様をお連れするなんざ、するわけがねぇだろう。力押しだけの男だと思っていたが、あの本田忠勝と互角に渡り合い、退けるにゃあ、それだけでは足りないだろう。あの武田信玄の薫陶を受けているだけのことはあると、今は十分に認めている。だからこそ、真田――仕合う機会があるんなら、すぐにでも願い出てぇ所だぜ」
 静かに、けれど熱っぽく声を響かせる小十郎の視線に、ぱっと幸村が面映ゆさに頬を赤らめる。それに、政宗が明らかに不快を示すのを横目で見ながら、佐助は椀に汁をよそって幸村に差し出した。
「俺様も、片倉の旦那の言うことは、よくわかるよ」
 汁を渡し、受け取った幸村に綺麗な笑みを見せ
「俺様だって、竜の旦那と心ゆくまで刃を交えてみたいって、思ってるからさ。……それこそ、何もかもを忘れてしまうくらい、ね」
 心の奥底からの想いを滲ませるように、佐助は目を伏せた。恋い慕う相手に焦がれているような姿に、幸村が動揺を面に示す。それに気づきながら、佐助は幸村に目を戻すことなく、汁椀を手にして政宗に渡した。
「竜の旦那は、俺じゃあ不服かもしれないけどさ。誰にも邪魔をされずに、周囲の事なんて忘れるぐらいの時間を、過ごしてみたいな」
 受け取ろうと手を伸ばした政宗が、佐助の熱っぽい視線に動きを止めて喉を鳴らす。
「な、何を言ってやがんだ。猿――そんな言い方しなくても、別に仕合いぐれぇ、受けてやるぜ」
「ほんと! うれしいなぁ」
 ぱっと剣呑を柔らかな表層で包む雰囲気に戻った佐助の背に、物言いたげな幸村の視線が刺さる。
「真田」
「っ、な、何でござろう」
 佐助に意識を向けすぎていた幸村は、急に声をかけられビクリと身を震わせ、ひきつる笑みを浮かべて小十郎に答えた。
「俺も、テメェとぞんぶんに打ち合ってみたいと思っている。……どうだ、真田。この俺と、何の邪魔も入らねぇ仕合いを、しちゃくれねぇか」
 幸村に膝を進め、喉を震わせ低くささやく小十郎の艶やかな目に、幸村がごくりとつばを飲み込んだ。
「そっ、某で良いのであれば……いくらでも」
 少々上擦った声で答えた幸村に
「そうか」
 安堵したように、うれしげな声を出した小十郎の背を、政宗が視線で射ぬいた。 
佐助×幸村へ小十郎×政宗へ
2013/04/05



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