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負けるはずない

 庶民に身をやつしての、町内見学。その休憩として立ち寄った鬼子母神社の茶屋で、欧州の竜、伊達政宗とその右目、片倉小十郎。そして、甲斐の若虎、真田幸村とその忍、猿飛佐助は茶と団子を喫していた。
 のほほんと過ごす彼らからは、戦場を駆け廻る剣呑さは微塵も感じられない。特に幸村なぞは、体ばかりが大きく成長した、童子のように無垢な顔をして、団子をほおばっていた。
「ほらほら、旦那。口の端」
 つんつん、と佐助が自分の頬をつついて見せれば
「おおっ」
 幸村が自分の口の端に付いた団子のかけらを指で取り、口に入れる。
「アンタのことだから、取ってやるんじゃねェかと思ったんだがな」
 政宗がニヤリとすれば
「場所ぐらい、わきまえてるんでね」
 佐助が片目を閉じて見せた。
「往来じゃなきゃあ、取ってやったってことか」
「そっちは、しないの?」
「俺が、口の端に食べかすをくっつけるように見えるかよ」
 ふふんと鼻で笑った政宗が、ちらりと小十郎に目を向ける。静かに往来に目を投げて、茶を喫しているこの男の前で、口の端に食べかすを付けていようものなら、はしたないと叱られるに決まっている。
「いかがなさいました」
 政宗の視線に気づいた小十郎が、滑るように彼に目を向けた。切れ長の目じりに、隠し様も無い色香が滲んでおり、政宗はドキリと胸を震わせた。
「幸村が、ガキみてぇな食い方をするって話だよ」
 一瞬の胸の高鳴りを誤魔化す様に、呆れた息を鼻からこぼしてみれば
「むっ。そえがしは、ころもでふぁ、ごふゃらむっ」
「旦那。口の中に物が入ったまま、しゃべらない」
「んむっ」
 抗議をした幸村が、佐助にたしなめられた。
「そういうところが、ガキっつってんだ」
 戦場では、その姿を見た者は滾り、あるいは恐怖をするほどの猛将であると言うのに。
 急いで咀嚼し飲み込んだ幸村が、ずずっと茶を啜った。
「おかわりは、よろしいですか?」
 ふわりと、やわらかな声をかけられ目を向ければ、華も恥じらう年頃の、愛らしい茶くみ娘が笑んでいた。
「おお。かたじけのうござる」
 くすりと笑った娘は、そっと小十郎に流し目をくれて背を向けた。それに気づいた政宗が、むっと眉根に皺を寄せる。
「そちらさまも、いかがです?」
 先ほどの娘よりも、澄んだ声がかかり顔を向ければ、花盛りといった風体の、美しい茶くみ娘が艶やかに笑んでいた。
「Ah。なら、もらうとしようか」
 足をわずかにまげて会釈とした娘が、射抜くほど強い瞳でさりげなく、佐助に意味深な微笑を向けた。それに気づいた幸村が、きゅっと唇をかみしめる。
 伊達政宗と片倉小十郎。真田幸村と猿飛佐助。
 彼らは、主従以上の関係を持っていた。いわゆる、情人同士という間柄であった。
 茶くみ娘に誘うような目を向けられた二人は、何も気付いていないふうに、のほほんと茶を口に含んでいる。しばらくして娘が茶のおかわりを運んできて、再びほんのりとした誘いを匂わせて去って行くのに、政宗も幸村も、心中が穏やかでは無くなった。
「はあ。やっぱ、おりんちゃん可愛いよなぁ」
 彼らのすぐ横で、そんな声が上がる。
「無垢そのものっていうかさぁ。ふっくらとした頬は、幼子の清らかさをそのままに育ったって感じがして、守ってやりてぇって思っちまうよなぁ。なぁ、兄さんも、そう思うだろう」
 うっとりと吐息交じりに茶くみ娘を評した男が、小十郎に声をかける。
「ああ、たしかに。守ってやりたくなるような娘だが、内側の芯は強そうに感じたぜ」
「おっ。兄さん、見る目があるねェ。そうなんだよ。おりんちゃんは、あんなフンワリした感じなのに、芯はしっかり強ぇんだよなぁ。そこが、たまんねぇっつうか、よけいに守ってやりてぇって思わせるんだよなぁ」
 男の言葉に、うすくやわらかく笑んだ小十郎の目が幸村に動いた。ほんの一時の動きだったが、政宗は見逃さない。その目に、慈しみが浮かんでいた事すらも見止め、薄暗くモヤモヤとしたものが喉元にせり上がってくるのを、茶で飲み下した。
「俺は断然、おすずちゃんだぜ。あの柳腰、たまんねぇよなぁ」
 別の男が、もう一人の茶くみ娘をほめだした。
「あの美貌だろ。ちょっと冷たい、近寄りがたい感じがするんだけどさぁ。そこがまた、そそるっていうかなんていうか。支配欲を掻きたてるっつうかさぁ。なぁ、兄さんは、そうは思わねぇかい」
 ニンマリと目じりを下げた男が、佐助に声をかける。
「ううん。確かに、ちょっと見は冷たそうな感じだね。けど、寂しがりっぽそうな気がしたけどなぁ」
「兄さん。あんた、けっこう鋭いねぇ。おすずちゃんは、けっこうな寂しがり屋なんだが、意地っ張りでもあってな。すぐに強がって、平気な顔をするんだよ。そういうところが、いじらしくって、そそるんだよなぁ」
 男の言葉に、目じりを柔らかく細めた佐助が、ちらりと政宗に目を向けた。さりげない動きだったが、幸村は佐助の意識の動きに気付いた。その気配の、包み込むように温かな匂いを嗅いで、ひやりとした熱のようなもので口の中が苦くなったのを、団子をかじって誤魔化した。
「可愛いよなぁ、おりんちゃん。誘われたら、コロッと行っちまうよなぁ」
「いいよなぁ、おすずちゃん。気のあるそぶりをされたら、ふらふらっと行っちまうよなぁ」
 うっとりとした二人の男の言葉に、政宗と幸村は得体のしれぬ焦燥が足元から這い上がってくるのを感じ、すっくと立ち上がった。
「帰るぜ。小十郎」
「帰るぞ、佐助」
 同時に主が発した言葉に、小十郎と佐助は目配せをして微笑みあい、お代を床几の上に置いて立ち上がった。
「参りましょう。政宗様」
「そいじゃ、帰ろっか。旦那」
 政宗と幸村は、相手にちらりと不安そうな目を向けて顔をそらし、足早に宿へと戻った。
佐助×幸村へ小十郎×政宗へ
2013/06/11



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