ぱふっとやわらかな感触が唇にあたる。ふんわりとしたそれに歯を立てて噛み千切り、真田幸村は蒸し饅頭の美味に目を細めた。 もふもふと口を動かす彼の斜め横で、伊達政宗が眉間にしわを寄せ、何事か言いたそうに、好敵手であり、主従同士で恋仲という者同士の、いわば仲間のような幸村を眺めていた。 そんな政宗の視線に気付いていないはずはないのに、幸村は蒸し饅頭に意識を向けている。政宗は、そんな幸村を見つめながら、どう話を切り出そうかと言葉を探していた。 ずずっと幸村が茶をすすり、ふうっと息を漏らして政宗に顔を向ける。「して、政宗殿。話とは、いかな内容にござりましょう」 幸村は、政宗がまずは茶と菓子を楽しませようと自分に気を使い、何も話をしないのだと思っていた。なので、ぞんぶんに蒸し饅頭を味わい楽しんでから、切り出したのだ。まさか幸村から言い出されるとは思わなかった政宗は、ひとつ咳払いをして、ほんの少し助かったと思いながら口を開いた。「Ah、その、何だ。アンタと猿のことなんだが」 言いにくそうに、政宗が目をそらす。その歯切れの悪さに、幸村はきょとんと首を傾げた。「某と佐助が、いかがなされた」「いや、その……なんだ」 言い出しにくそうな政宗に、幸村は体ごと真正面に彼に向き、膝をつきあわせるほど傍によった。「政宗殿」 きゅっと眉をそびやかし、幸村が声を潜める。「何か、佐助に思うところがござるのか」「えっ。ああいや、そうじゃねぇ。いや、言いようによっちゃあ、そうかもしれねぇが」「人払いをして某を呼び、話があると申されて、それほどに言いよどまれるとは。いったいどのような話にござる」 真剣そのもので鼻先がつくほど顔を寄せ、声を潜める幸村の目を真っ直ぐに見返し、政宗は腹をくくった。「アンタは前に、猿から手を出すばっかで、自分から誘った事は無ぇと言っていたな」「何をでござるか」「SEXだよ。あぁ、その、睦言だ」 ばふん、と幸村が顔と言わず体中を赤くする。あわあわと唇を震わせる幸村に、政宗がちょっと唇を尖らせた。「今更、隠す必要も無ぇし、単刀直入に聞く。その、最中はどんな具合なんだ」「なっ、さっ、さっ、最中っ」 幸村の声がひっくり返る。それに、ああそうだと政宗はどこか拗ねたような顔で返した。「小十郎が」 ぽつりと言った政宗の目が、寂しさを帯びる。それに気付いた幸村が、心配そうに政宗の顔を覗いた。「片倉殿と、何かあったのでござるか」 主従で恋仲、という同じ境遇であるので、幸村は政宗の心配事が自分の身の心配事に通ずるような気がする。二人だけで話があると呼び出したのは、よほど思い悩んでいるからに違いないと、幸村は破廉恥な話題であろうと、しっかりと話を聞き、返答をしようと腹を据えた。「その、なんだ」「何でござろう」「Ah――顔が、近ぇ」 話しづらいと示せば、気合を入れすぎて呼気がかかるほど顔を近づけていた事に気づき、幸村は「申しわけござらぬ」と少し身を引いた。「で、何事でござるか」「その、なんだ。俺ばっかりが、なんか小十郎を欲しがってるような気がするっつうか、なんつうか。こっちが主だから、閨にまでそういう部分を持ち込まれてんのかな、と思ってな。アンタんとこは、どうなのか気になったんだよ」 ふむ、と幸村が鼻を鳴らす。「片倉殿が、遠慮なされているということにござるか」「遠慮っつうか、まあ、なんだ。その、俺に気を使ってるっつうか、なんつうか」 なんと言えばいいのか、うまい言葉が見つからず、政宗はガリガリと頭を掻き、えぇいままよと素直に喋った。「ヤッてるとき、なんか冷静っつうか。こっちばっかが欲しがってて、向こうはそれに合わせてるような気がするんだよ。もっと、なんつうかこう、アイツにも熱くなってもらいてぇっつうか、遠慮なくその、だな……貪られてぇっつうか」 政宗の顔が酒を食らったように赤くなる。ぱちくりと目を丸めた幸村は、政宗の真剣さを感じて拳を握り、羞恥を堪えて返事した。「それは、佐助も同じにござる。何かとすぐに、その、どのような具合かと、き、聞いて……っ、口に出して言ってほしいと某に気を使い、その、自分は冷静なままで、その、い、いたしておるというか、なんというか」 幸村の満面にも血が上り、二人は互いに真っ赤になりながら、肩をすぼめてうつむいた。「某も、その、佐助は気を使っているのかと、佐助はどのようにすれば良くなるのかと、思うこともありまする。なれど、そのような余裕など、すぐに無くなり……ううっ」「I know 俺も、同じだ」「政宗殿っ」 がばっと顔を上げて、幸村がきりりとする。「いかにすれば、佐助に報いる事が出来ましょうや」「それが知りてぇのは、コッチも同じなんだよ。で、だ」 政宗が、懐から紙の束を取り出した。「一人で考えるより、同じ立場のアンタと、あーだこーだ言いながら考えたほうが、良い案が浮かぶんじゃねぇかと思ってな。コイツがHintにならねぇか、と、いくつか集めてみた」「ひんと?」 言葉の意味がわからぬまま、幸村は紙の束に手を伸ばし、それを目にして「うわぁ」と叫びながら放り投げ、撒き散らした。「あっ、おい」「はっ、破廉恥でござるぅああぁああ」 両手で顔を覆い、背を丸めてうずくまった幸村の放り投げたそれは、男女の交合が色鮮やかに描かれている、錦絵であった。「破廉恥な話をしてんだから、この程度で騒ぐんじゃねぇよ」「ううっ、なれど、なれどぉお」「猿がヨくなる方法、知りたくねぇのか」 幸村が撒き散らしたそれを集めながら、政宗が吐息を漏らす。「俺は、小十郎がもっとテメェの都合を加味して、主とかそんなもん関係なく、閨では自由に振る舞ってもらいてぇんだ」 きゅっと唇を噛んだ幸村は、ぱんっと自分の頬を手のひらで打って気合を入れ、胸をそらした。「某も、佐助がそのように出来るよう、政宗殿と共に、この、ひ、ひんと、の中から何かを見つけるべく、その、い、いたしまする」 必死に羞恥を堪える幸村に目じりを緩め、よろしく頼むぜと政宗が呟いた。 それから二人は、政宗の集めた春画を眺め、その絵に描かれている台詞もしっかり読み込み、あれとそれとを比べたり、時には政宗が幸村をからかったりしながら、何か男心をくすぐる共通点のようなものはないかと、意見を出し合った。「あっ」 政宗が何かに気付き、幸村が眺めていた春画から顔を上げる。「アンタ、猿が具合がいいかどうか、聞いてくるっつってたよな」 こくりと幸村が頷けば、それだ、と政宗が指を鳴らした。「どういうことにごさる」「この春画に多く見られる共通点は、何だ幸村」「共通点……は、破廉恥な行為を描いておる以外に、構図などはまったく違うように見受けられまするが」「絵のほうじゃねぇ。文章のほうだ」「文章?」 言われ、幸村も「あっ」と気付く。ニヤリと政宗が唇を歪めた。「どの文章も、女が具合を口に出して、ねだってやがる。猿がアンタに聞くってぇのは、そういう事を言われてぇからじゃないのか」 つまり、と政宗が春画を叩く。「男は自分が相手にしている行為が、どんなふうに感じられてんのかを、はっきりと口に出して言われてぇってことだ」「んなっ、な、ぁ、なれど、そのような事っ」 言えませぬ、と小さく漏らした幸村に、だよなと政宗が頷く。「だが、もしこれが逆だと考えてみろ」「逆、というと?」「アンタの場合は、猿が、その、ヨくなってるってことを口に出して、アイツ自身がヨくなることに熱中したとしたら、どう思う」 ばふん、と幸村が羞恥に爆発した。「俺は、小十郎にそうなってもらいてぇ。だとしたら、試すことは一つだ」「た、たたた試すとは、な、なななにを」 頭から煙を上げたまま、茹蛸よりもまだ赤い幸村が問う。「決まってんだろ。この春画みてぇに、ドコがどんなふうになってんのか、はっきりと言うんだよ。そうしてコッチから相手に聞けば、向こうも答えざるを得なくなるだろう。そうすりゃあ、もっと自分本位に熱中するはずだ。なんたって春画は、想像して自分を高ぶらせるために、使うからな」 世の男たちは、この絵の相手を自分の思う相手に重ね、書かれている文章を相手の言葉と思いこみ、自らを慰めているのだから。そう言い切った政宗に、なるほどと幸村が感心する。「てなわけで、相談はひとまず解決だ。今夜、さっそく試してみるとするか。猿の話が、いいHintになった。ありがとよ、幸村」 ぶんぶんと首を振った幸村が、口内で「佐助が、自分本位に熱中を」と呟く。「アンタは聞かれるんだから、素直に答えりゃいいだけなんじゃねぇか。聞くってことは、猿は言われたいんだろ」「そう、で、ござろうか」 不安げに目を上げた幸村に、政宗が悪戯っぽく歯を見せた。「お互い、試してみるとしようぜ」 挑む顔をする政宗を、幸村はじっと見つめて頷いた。 佐助×幸村へ ◆ 小十郎×政宗へ 2014/02/17