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闇の月を貴方に1
 雷鳴が轟く。さして珍しい事ではないのに、伊達政宗は杯を口に近づける手を止 めた。彼の右目、片倉小十郎と同時に、灰色に染まる外へと目を向ける。
「 何か、起こりそうな気がするな」
 言葉無く、小十郎が同意を示す。
 ザ ッ――――
 二人が見るのを待っていたかのように、空が、激しく泣きだした 。
 何かを、予感して。

 雨は、それほど長くは降らなかった。しか し何かを感じていた二人は、異変が無いかを調べるように命じ、ほどなくして転 がるように庭先に来た報告を受けた。
「変わった着物の女が、落ちていまし た。気を失っていたので、離れに運んだんですが、良かったスか」
 政宗と小 十郎が目を合わせる。次に、女が着ていたという変わった着物を運んできた者が 、侍女に着替えと看病をさせていると言いに来た。
 二人を下がらせ、見たこ との無い着物を広げて眺める。西洋のもののように見受けられると話合った後、 何故、と疑問符を浮かべた。
「異国の者な らば、会話が出来る者を探さねばなりませんな」
「異国ったって、色々ある だろう。俺で、事足りる場合もある」
 膝を浮かせた政宗に少し遅れて小十郎 も立ち上がり、女が運び込まれた離れに足を向ける。
 訪れると、侍女と下男 が二人を迎えた。怪我も病も見受けられず、気を失っているだけだろうと医者は 見立てたらしい。眠る姿は肌の色こそ少し青ざめているように見えるものの、苦 し気でもなく汗もかいていないようだった。
「Fum…………こうして見る限り 、日本人にしか見えねぇが――――小十郎?」
 話しかけ、自分の右目が驚き と哀惜を混ぜたような顔で呆然としているのに目を細める。はっとして普段の 様相に戻る彼には何も言わず、政宗は拾われた女に目を戻した。
「目を覚ま して、話が出来るようなら呼んでくれ」
 言い置き、退室する際に小十郎が 女をちらりと見やったのを目に留め、部屋に戻る前、二人になった所で声をかけ た。
「何か、あるのか」
 それだけで、 何をかを察したらしい小十郎は、軽く目を伏せた。
「昔の知り合いに、よく 似た者がございました」
 からかうように、政宗の唇がしなる。
「政宗様 が思っているような相手では、ございません。ずっと……私がこちらへ参る前の 事ですので」
「片恋の相手か」
「いえ、そのような事では」
 つまら なさそうな、けれど何かを探るような顔の政宗が背を向けてから、小十郎は面映ゆそうに遠い日を見つめた。

 数時間後、件の者が目を覚ましたと聞き、 二人は離れへ足を運んだ。
 困った様子で二人を迎えた侍女から、彼女と会話 が噛み合わないと言われてから入室する。
「気分は、どうだ」
政宗の問 いに、彼女は当惑気味に謝罪を述べた。
「あの、私の荷物とか、無かったで すか? ケータイで友達に連絡しないと」
「アンタを拾った奴は、荷物の事 は言って無かったが…………誰かとはぐれたのか」
「えっと、友達と旅行に 来ていて、ちょっと一人で 散歩に出たんです。そうしたら、急に暗くなって雷が鳴って――――」
「気 付いたら、ここに居たって訳か」
  こくりと頷いた彼女は、布団から出て改め て礼を言いながら頭を下げる。
「あの、友達に連絡を取りたいので電話貸し てもらえませんか」
「でんわ?」
「はい。私、どのくらい気絶していた のか、わかんないんですけど、旅行の日程もあるし、心配していると思うんで」
  政宗が、少し後ろにいる小十郎に目を向ける。互いに、理解の範疇にない事が会 話に出てきていると確認しあった。
「旅行の日程ってのは、どんな予定か聞 いてもいいか」
「ええと、今日は松島を見て、伊達カフェに行って、伊達政 宗のお墓参りをする予定なんです」
「…………誰の、墓参り、だって」
「伊達政宗さん、ですけど」
 自分の墓参りだと言われて驚く政宗に、違う意 味で問い返されたと感じたらしい彼女は、政宗の名を言い直した。
「小十郎 」
「は」
 こめかみに指を添えた政宗の呼び掛けに、固い顔の小十郎が短く応える。
「 名を、聞いても構わねぇか」
「忍足……江梨子です」
 どうにも様子がお かしいと感じはじめたらしい江梨子が、不安そうに顎を引く。双竜は目配せをし あい、小十郎が引き受けた。
「江梨子……言っている事が嘘だとは思えねぇ が、にわかには信じがたい。今から俺が言う事は、そっちからしたら、同じよう な衝撃を受けるだろうが――――」
 一呼吸置いた小十郎に、江梨子は瞳を揺 らし、唇を引き締める。
「俺の名は、片倉小十郎。こちらの方は、伊達政宗 様…………墓参りをする予定だと言った、お方だ」
「――――えっ」
 江 梨子の引きつった笑みに、痛々しそうに小十郎のこめかみに皺が寄る。冗談だと 笑い飛ばせない雰囲気が、思考を停止させた。助けを求めるように向けられた江 梨子の視線に、政宗は細く息を吐く。
「体がなんとも無ぇんなら、外――――歩いてみるか」
 提案に、ぎこちなく彼女 が頷き、政宗が侍女に江梨子の身支度を命ずる。少しの間をかけて用意がすんだ 彼女を連れて、双竜は屋敷内と里を、段々と青ざめていく江梨子を気づかいなが ら案内した。
「戻るぞ」
 頷いた彼女を自室に連れていく。茶を用意させ 、一息つけさせてから問うた。
「自分が今、どういう状況に居るか、わかる か」
 震える声で、江梨子が答える。
「私……昔の世界に、来てしまった …………ん、ですね 」
「何がどうなって、こうなっちまったのかは分からねぇ が、来た以上、戻る方法は無いとは言い切れねぇ。拾っちまったのも何かの縁だ 。放り出すつもりも無い。慣れないだろうが、この屋敷で生活をすればいい」
 小十郎の言葉に江梨子が頷き、ぱたりと滴が床を濡らした。

 手持ちぶさ たなので、と江梨子は働くことを希望した。しかし、日常の事すら勝手のわから ない状況で働くことは難しく、得体の知れぬ者と、あからさまに示してくること は無かったが、そのような空気を感じることもあり双竜は 難色を示した。しかし、まんじりともせずに過ごす江梨子の目の下に黒ずみが見 えて、二人の目の届く範囲で日常の事を知りながら細々としたことを行うことに なった。
 はじめこそ、全てにおいておっかなびっくりだった彼女も、一月ほ ど経った頃には日常にそれほど支障をきたさない程度には慣れた。双竜と江梨子 の時代の話をし、気安くなり、客分として屋敷のもの達も接するようになった。
「江梨子さん、政宗様のお茶をご用意致しましたよ」
「ありがとうございま す。わ、茶菓子、可愛い」
 そのような会話が交わされ、江梨子は渡された茶 と茶請けを運ぶ。政宗の執務の息抜きの相手をするのが、彼女の日課となっていた。彼 女が来ると小十郎も手を止めることに異を唱えない。多少息抜きが長くなったと しても、軽い小言程度で済むことを、助かっているのだと冗談混じりに話し、遠 慮をし、緊張気味だった江梨子を解した。
「しかし、鉄の塊が空を飛ぶとは な」
 江梨子の時代のカラクリに、政宗は強い関心を示して問うてく るが、それらが当たり前の彼女には詳しく構造を説明することは出来ない。それ でもと求める政宗の姿は、お伽噺をねだる子どものようにも見え、江梨子は考え 考えしながら、今回は飛行機の話をしていた。
「政宗様、そろそろ」
 や んわりと仕事に戻るよう促す小十郎に、お前は興味が無いのかと政宗が言う。な んとも返事をしない彼に息を吐き、茶を片付けはじめた江梨子に肩を竦めて見せ てから、続きはまたと挨拶をした。
「――――あまり、望郷の念を強くさせ るようなことは、なさいますな政宗様」
「Ah――――ただ、誰にも自分が居 た場所を知られないってのも辛いだろう…………単に、俺が知りたいってのも、あるがな」
 言外に、ふと引っ掛かるものがあり、小十郎が目を動かす。それ に、何かあるのかと問う目をした政宗に、瞼を軽く閉じる事で何もないと示した 。そんな彼を探るように見つめてから伸びをし、政宗は茶の前に読みかけていた ものに向き直る。すぐに仕事に集中しはじめる主の背中を、少しの苦みを持 った目で、小十郎は見つめた。

 自室で、星を眺めながら小十郎は昼間の 出すぎたとも思える発言を思い出す。政宗を諫める役は常にしているが、口を出 さなくても良いことを、言った。――――政宗が相手の気持ちを鑑みずに、江梨 子に自分が居た場所の話をさせるとは思えない。それなのに、望郷の念を持たせるような行為を厭う個人的な感情から、政宗に意見をした。
 理由は、わかっている。
 江梨子を、帰 らせたくないからだ。
 何がきっかけなのか、いつからなのかは分からないが 、今日の自分の発言で、そうであると自覚をした。江梨子は、自分から帰りたい と口にしたことはない。――――少なくとも、小十郎の前では、ない。
 けれ ど、彼女には共に旅行に行ったという友がいる。親兄弟もいるだろう。心配をし ているはずだ。早く、帰る方法を見つけてやらねばならない。
 それなのに、 見つけたくないと、見つからなければいいと思っている自分を、小十郎は識 った。
 目を伏せ、自嘲する。なんと身勝手な考えなのか。――――この念を知れば、彼女はどう思うだろう。
 答えられる相手のいない、想 像の範疇のみの思考に捉われ、小十郎は夜を過ごした。

 その頃、政宗も また、似たような思考の渦を脳内に作っていた。小十郎の昼の発言で、失念して いた事柄が蘇ったことに、思う以上に動揺をしている自分を見付けたのだ。
   江梨子が帰る事は、江梨子が帰る方法を探している事は、承知をしていたはずで 、協力をしていたはずで、それなのに、いつしか彼女が休息の折に茶を持ち、そ ばに居ることを当たり前と――その時間が途切れる事は無いような心持ちでいた自分に気が付いた。
 あの時間を手放す気は無い。
――――惚れたのか。
 確証は無い。
 江梨子は、どう思っているのだろうかと考 える。懐かしむ様子を見せず、ただそういうものである、という態で彼女は自分の居た 世界の話をしている。
 帰りたいと口にしたことはない。
 帰りたくないと口にした ことも。
 そういえば、と思い起こす。家族や友人の話を、聞 いたことが無かった。問わなかったという事もあるが、話のついでに出すことも無い。
 故意なのか、そうではないのか――――自分自身のことを詳しく語ったことが、無いように思える。
 そう感じた瞬間、政宗は酷く江梨子の 事を知りたい衝動に駆られた。
 窓から外を見ると、月光の合間に星が存在を 主張している。月に寄り添うように輝くものが、彼女に思えた。

――――政宗様は、どのようなお考えで江梨子の住んでいた世界の話を伺っていらっし ゃるのか。

――――小十郎は、何を思って望郷の気持ちを強くさせるよ うな事柄は控えるように、と言ったんだ。

 淡く滲むように竜の胸に灯っ た焔は、ゆっくりと彼女に向かって和いでゆく。

第二話へ
2011/01/13



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