そわり、と徳川家康は来客の報告に気配を乱した。それを見止めた徳川譜代の重臣が、ふわりと頬をゆるませる。「報告はまた後ほど続きをいたすことに、しましょうか」「えっ。ああ、いや」 そぞろになった事に気付かれたと、家康が慌てる。天下人となった若き主君の、久々に見せる初々しい青年らしい表情に、侍は腰を浮かせた。「長曾我部殿とは久方ぶりでございましょう。こちらは急ぎませぬので、後ほど、報告書としてまとめ、お部屋に届けさせていただきます」 あわあわと彼を止めようとする家康に、年嵩の者らしい笑みを浮かべ、侍は席を立ってしまった。ぱたりと閉められた障子を見つめ、大きな溜息をつきながら額に手を当てた家康は、男らしく整った意思の強そうな眉尻を下げた。 四国を治める長曾我部元親と家康の仲が良い事は、双方の家臣だけでなく、広く知れ渡っている。兄弟のように睦まじいと評判であった。元親の、民を思い導き、行き場所を無くした者らを広い度量で受け入れる器の大きさ、豪快さを慕い、尊敬に近い形で家康は目指している。絆を掲げる家康にとって、元親と配下の者らの強い信頼関係は理想の形に近いと言っても良かった。 天下分け目の合戦では袂を別ち、ぎくしゃくとした関係になっていたが、とある男が二人の微妙な関係を修復してくれた。いや、以前よりも近しいものにした、と言ったらいいのか。「家康様。長曾我部殿を、家康様の私室にご案内しても、よろしいでしょうか」 襖の向こうから、声がかかる。この謁見の間で、と言い掛けた家康は「ああ。そうしてくれ」 声に動揺が乗らぬよう注意をしながら、そう言った。 元親を私室に通さない、と言えば不審に思われる。それほど、家康と元親は親しい。二人がまた昔のように仲良くする事を、家臣らは喜んでいた。家康の家臣らも、元親を慕っていた。 深く重い溜息を付いて、家康は腰を上げる。私室へ向かうために、廊下に出た。足を進めながら、幾度も繰り返し溜息をこぼす家康は、元親に会いたくないわけではない。久しぶりの来訪は、とても嬉しい。はじけるような彼の笑みを見れば、こちらも自然と笑顔になる。大海原のように、どこまでも広く大きく深い、人として尊敬に値する元親。自らを鬼と称する彼は、それにふさわしい体躯をしていた。 みっしりとした筋肉に覆われた胸筋を反らし、大柄な彼は豪快に歯をむき出して笑う。その手にしている巨大な碇槍を金棒に変えても、何の違和感も無いだろう。体躯の小さかった家康は、彼の外見の大きさにも憧れた。けれど今は、家康もむっちりと鍛え上げられた筋肉を誇れる、立派な体躯の青年となっている。男らしくさわやかな彼の面相に、家康自身は気付かないが、ひそかに黄色い声を上げる侍女も少なくなかった。 幾度目かの吐息を漏らした家康は、元親の常人よりもすばらしい筋骨に目を奪われ、他の者らが気付かぬ彼の美麗さを思い浮かべる。 海の男であるというのに、元親の肌は白く、きめが細かい。それは深窓の姫君もかくやというほどであった。左目を覆う紫の眼帯が、その白い肌と白銀の髪に良く映える。その面相は、美麗と称しても差し支えないほど、整っていた。 そう、元親と家康の仲を、とんでもない手法を用いて修復した男――鋭利な美貌を備えた独眼の竜、伊達政宗に負けるとも劣らぬほどに。 そして元親は、時折自分よりも年下なのではと思ってしまうほど、無垢な笑みを浮かべる。無邪気に、奔放に、声を上げる。「っ!」 はっとして、家康は足を止めた。下肢に違和感を感じ、いかんいかんと首を振る。手のひらを見つめ、握りしめる。褐色の自分の肌と比べれば、より白く見えた元親の肌。あのたくましい体がなよやかに舞った時を思い出し、ごくりと唾を飲み込んだ家康は頬を叩いた。「しっかりしろ」 声に出して呟き、深呼吸をして足を踏み出し、私室の前に立つ。中には、すでに人の気配があった。深く息を吸い、吐き出して、笑みを浮かべて襖を開けた。「久しぶりだな、元親!」 声をかければ、普段どおりに盛り上がった胸筋からわき腹までの、たくましい筋肉を隠すことなくさらしている元親が、くつろいだ様子で胡坐を掻いて微笑んでいた。「おう!」 軽く片手を上げた彼の脇から腰へのなだらかな線に目を奪われ、どくんと心臓を撥ねさせた家康は、後ろ手で襖を閉め元親の前に座った。「四国の状態を、報告しに来ると聞いていたが」「そういう、真面目な話は一杯やってからにしようぜ」 ニッと豪快な海の男らしい笑みを浮かべた元親が、土産だと言って徳利を持ち上げた。「今朝、釣れたばかりの魚を預けてきたからよ。もうすぐ、炙ったのを運んで来てくれるだろうぜ」「そうか」 親しげに顔を寄せてくる元親から、家康がさりげなく目をそらす。それに、元親が首を傾げた。「なんでぇ。何か、あったのか」「いや」 なんでもない、と言うには自分の態度がぎこちないことを、家康は自覚していた。ずい、と元親が膝を寄せてくる。「なんだよ。家康が目をそらすなんざ、珍しいな。何か、困ったことでもあんのか」 ある、と言えば元親は内容を問うだろう。ふわりと鼻先に、潮の香りと元親の匂いが届いた。どくん、と家康の心音が大きくなる。「家康?」 元親が家康の顔を覗きこみ、長い睫に縁取られた無垢な瞳が傍に来て、家康は思い切り首を捻じ曲げ顔をそらした。「おっ?」「ち、近すぎだ。元親」 顔が熱いことを自覚しながら、家康はそのまま背を向けた。「なんでぇ。別に、今までどおりだろうが」「そうだが……近すぎる」「はぁ? 何を言ってんだよ、家康。おら、こっち向け」「うわっ」 背後から、からかい半分の声で元親が家康を抱きしめて顎を掴み、無理やり目を合わせた。やはりまだ、元親の方がわずかに体躯が勝っている。胸に家康の頭を抱きとめた元親が、いたずらっ子のような顔をした。「逃げられねぇぜ?」 得意そうな元親の表情に、自分だけが意識していることに苛立ち、家康は彼の首に腕を回した。「おっ……んんっ?!」 そのまま元親の頭を引き寄せ、唇を重ねる。目を白黒させる元親の腕の中で反転し、今度は家康が元親の顎を掴んで顔を固定する。伸び上がり驚く元親を床に倒しながら舌を伸ばし、無防備な彼の口内をまさぐった。「んっ、んぅうっ」 元親が我に返ったときにはすでに遅く、家康は元親の口腔を貪っていた。逃れようともがく元親の腕に力が入る前に、家康は元親の細袴の隙間から手を差し込み、下帯ごと鬼の根を掴む。「んううっ」 元親の目が疑問を浮かべる。同じように「どうしてだ」と胸中で元親に問いながら、家康は元親の唇を貪り続けた。「んふっ、ん、んぁ、はっ、んむぅう」 暴れる元親の力を奪うように、彼の男根を扱く。やわらかかったそれが硬くなり、下帯の一部が湿ってきたのを確認し、家康は湿りを指の腹で押すように撫でた。「んふっ、ふんっ、んふぅうっ」 元親の下肢がわななく。震える太ももがゆるんだ隙に、家康は彼の足の間に体を入れて、唇を離した。「ふはっ、はぁ、家康、何、ぁあ」 手早く元親の腰帯を解き、袴を下げる。下帯が窮屈そうに膨らんで、先端が湿っているのが見えた。「家康、何考えて……ひっ」 元親の太くたくましい腕が自分を阻む前に、家康は身をかがめて下帯ごと元親の陰茎にかぶりついた。「元親」「ぁ、はっ、やめっ、ぁ、家康っ」 この鬼が、これほど性的な刺激に過敏だとは知らなかった。子どものように従順に快楽に従い、身をよじり声を上げるとは知らなかった。自分と彼とのわだかまりを消すには、文字通り裸でぶつかればいいのだと、政宗がけしかけ三人で情交を行うまでは。「んぅうっ、ぁ、やめ、家康、なんで」 やわらかく陰茎に歯を立てながら目を上げれば、盛り上がった胸筋の向こうに、困惑した子どものような顔の元親が見えた。胸筋にある左右の尖りが凝り、震えている。顔を上げた家康は、左右の手をそれに伸ばし、つまんでひねった。「んひっ」「なんで、と聞くのか? 元親」「ぁ、は、ぁあっ」 クリクリと左右の尖りを捏ねながら顔を寄せれば、元親の目はすでに淫蕩に濡れている。彼をこんなふうに性に従順にしたのは、伊達政宗なのだろうと思った瞬間、家康の指が嫉妬に奮え、元親の胸乳の尖りを強く絞った。「ぃひぃいっ!」「元親は、何とも思っていなかったんだな。ワシと体を交えた事を」「ぁ、はっ、家や、ぁ、す」 ぐ、と腰を押し付けて元親の下肢の熱に、家康は自分のそれを押し当てた。はっと元親が息を呑む。「あれから、幾度も元親を思い出した。政宗が、元親は自分のものだと言ったことを噛み締めて、自分に釘を刺した。あの一度きりだと。わだかまりを消すための行為だったのだと。二度と、もう無いことなのだと。ワシは自分に言い聞かせた」 親指で胸乳の尖りを潰すように転がしながら、見事に盛り上がった胸筋を、脇から内側へ包むように揉む。「元親も、きっと気まずく思っているだろうと」「んっ、は、ぁ、家康っ、ん」「なのに、私室でふたりきりになっても、元親は何も変わらず、ワシの様子がおかしい理由を問うてきた」「んぁ、あっ、は、わかった、ぁ、わかった、からぁ」 元親が濡れた目で、声を震わせる。粟立つ元親の白い肌は、薄桃に染まっていた。「何が、わかったんだ」 尖りを押しつぶす指に家康が力を込めると、元親が腰を奮わせた。とりあえず手を止めろと言うように、元親が家康の腕を叩く。息をつき、手を離して家康が体を起こすと、ふうっと息の塊を吐き出した元親も、身を起こした。「っはぁ……。オメェが、そんな余裕なくなるぐれぇ、その、アレを、なんだ、その……そうだとは、思って無かった」 息を整えながら、元親が目じりを赤くして頭を下げる。「変に俺が意識してると、妙な具合になっちまうんじゃねぇかと。だから、その、なんだ……。お、俺だって、私室に通すって言われて、ちったぁ戸惑った。けどよぉ、別の場所でっつったら、変に思われちまうだろうが。それに、オメェも私室でいいって言ったって聞いたから、その」「……元親」 うなだれ、胡坐を掻いた膝を掴んで歯切れ悪く言い訳をする元親に、家康の胸に申しわけ無さが湧いた。「こちらこそ、すまない。自分の感情をもてあまして、元親にぶつけてしまった」 深く家康も頭を下げ、ごつりと二人の頭がぶつかり、同時に顔を上げて笑いあう。そして、元親が目をそらし、頬を掻いた。「あ、あのよォ。その、なんだ。勢いでこうなっちまったのは、仕方がねぇとして、だ。その、治まりがつかねぇっつうか、なんつうか」 はっとした家康が、元親の下肢を見る。元親の先走りと家康の唾液で濡れた下帯が、膨らんだ彼の男根の形をクッキリと浮かび上がらせていた。「いや、その。元親さえ良ければ、ワシも治まらないというか、なんというか」 家康も照れながら答える。ちらりと家康を見た元親が、ゴホンと咳払いをした。「なら、その、仕切りなおしってことで」「ああ、うん」 家康が照れながら頷き、元親の肩を掴んで顔を寄せる。唇をやわらかく押しつぶし、舌を伸ばし絡め、より深く口腔で繋がろうとした矢先に「Hey ずいぶんと楽しそうな事を、してんじゃねぇか」 香ばしい焼き魚の香りとともに、鋭い声が部屋に入った。 続き→2014/01/16