人気の無い岩場に、毛利元就はたたずんでいた。 潮風にやわらかく細い髪をもてあそばせ、白く細い面を波打つ海へ向けている。切れ長の瞳は遠く水平の境を見つめていた。薄い唇には、何の表情も無い。ただ無心に、彼は蠢く海を目に映している。「たそがれるにゃあ、まだ早ぇんじゃねぇか」 唐突に声をかけられ、元就は目を開いた。息を呑み顔を向ければ、ニヤニヤと歯を見せている男がいた。岩の陰に身を沈めている男の、白い肌を輝かせる陽光に、元就が目を細める。「シケた面ァして、どうした」 白銀の髪からしたたる海水が、精悍な彼の首を伝い、盛り上がった胸筋を滑る。岩を抱えるように腕を乗せ、男は親しげに笑っていた。それが、元就の腹をムカムカとさせる。「貴様、長曾我部」「おうよ」 いまいましげな元就の声を、楽しげに長曾我部元親が受け止めた。元就が岩を蹴って、元親の傍へ行く。「今まで、何をしていた」「何をと言われてもなぁ……。西海を仕切ってたとしか、言いようがねぇよ。なんせ俺ァ、西海の兄筋魚だからよォ」 うれしげな元親が、水底に沈めていた下肢を浮き上がらせ、海面を叩いた。魚の尾ひれが高いしぶきを作り、宝玉のかけらのように陽光を含んで輝く。 屈託の無い彼の様子に、元就は歯を噛みしめ、にらみつけた。「何、怖い顔してんだよ」 元親が小首をかしげる。「貴様、我がものに成ると言うたであろう」「……あー」 元親が目をそらして、頬を掻いた。数ヶ月前、元就の要塞船が元親を捕らえた。人魚を捕まえたと報告を受けた元就は彼と出会い、自分の縄張りに現れた船の主が気になったので、わざと捕まったのだと元親に言われた。西海の兄筋魚と名乗った彼には使い道があると考えた元就は、彼の弱みを掴み、名を奪った。その折に、自分のものと成るよう元親に言い、彼も承諾をして身を繋げた――はずだった。「たしかに、俺ァ毛利に名前を明かした」 妖が名を明かすのは、相手に従うという証である。「けどよォ。海を放っては、おけねぇだろう。それに、毛利と一緒に過ごすっつったって、無理があるからな」「どういう事だ」 元就が怪訝に片目をすがめた。「海が無ぇからだよ」「意味が判らぬ」「だから……毛利は人間で、地上で暮らす生き物だろう。そして俺は、海の生き物ってぇ事だよ」 それを示すように、元親が尾を振る。「渇けば足になるのだろう」 人と変わらぬ姿になれたからこそ、元就は元親と情を交わす事が出来た。「ずっと渇いたままじゃ、いられねぇんだよ」「だから、あの後すぐに海に帰ったというのか」 指先すらも動かせなくなるほどに濃密な時間を過ごしたあと、元親は元就を置いて海へと帰った。「起きてたのか」 少し悲しそうに、元親が呟く。太く深い息を吐いた元親が、元就の足をつかんだ。「ちょっと、付き合え」「何――っ!」 答える間もなく、元就は海の中にひきずりこまれた。元就は抵抗をする余裕もなく、ぐんぐんと海流に乗って水底に向かう元親に連れて行かれる。とっさに止めた息が苦しく、このままでは溺死してしまうと危ぶみかけたときに、水面へ放り出された。「ぐっ」 したたかに体を打ちつけた元就は、呻きながら目を動かした。大きな岩をくりぬいたような洞窟の壁が、淡く発光している。光虫か光苔だろうと思いつつ、ゆっくりと身を起こした元就は、自分が少しも濡れていない事に目を丸くした。「これは、どういう事だ」「毛利ぃ、こっちだ、こっち」 呆然とつぶやいた元就の耳に、元親の声が響く。立ち上がった元就は、洞窟の奥へと進んだ。 元就の進んだ先に、大きな扉があった。海底の風景を描いた扉に手を当てると、それほど力を入れていないのに、扉が音も無く開く。その先は、どこかの城内のような様相をしていた。「どういう事だ」「おおい、こっちだ、こっち」 ひょいと元親が顔を出し、元就を手招く。「長曾我部、ここは何だ」「俺の城だよ」「貴様の城?」「そ。言っただろう。俺は、この西海を仕切っているってな」 人懐こい笑みを浮かべた元親に手を掴まれた元就は、彼の導くままに奥へと進んだ。「ここは海の中なのか」「おうよ。地上の城と、そう変わんねぇだろう?」 自慢げに元親が胸をそらす。彼の下肢は人の形をとっていた。細袴に足袋を着け、腰は飾りの布で縛ってあるが、隆々とした胸筋は誇示するようにさらしてある。「そんでここが、俺の部屋だ」 寝台がしつらえられた部屋には、酒宴の用意がしてあった。「結局、呑めなかったからな」 初めて会った日、訪ねてこいと言った元就に、元親は酒を用意していろと告げた。元就は彼の足が人の形を持てるとは知らず、来る事は叶わぬだろうと思いつつも、酒の用意をして待っていた。だが、その酒はどちらも口をつけずに終わってしまった。 ほらほらと強引に座らされた元就は、渡された杯に目を落とす。ゆらめく海草が描かれている杯に、元親が酒を注いだ。「遠慮せずに呑めよ」 手酌で自分の杯を満たした元親が、楽しそうに勧めてくる。元就は彼の朗らかな笑みに、杯を投げつけた。「おわっ! あっぶねぇな。何すんだよ、毛利」「貴様は、なにを考えている」 静かな怒りが、元就の内側で揺らめいている。「毛利?」「貴様は、我を愚弄する気か」「なんで、そうなるんだよ」「ならば、何のつもりだ」「何って……」 元親の瞳には何の含みも映っていない。それに気付いた元就は、苛立たしげに立ち上がった。「早々に、我を元の場所に連れて行くが良い」「来たばっかで、なんでそんな事を言うんだよ。海辺に突っ立ってたんだから、酒を呑むぐれぇの時間は、あるんだろ」 元就は射抜くように元親を見た。激しい感情が元就の内側で嵐のように渦巻いている。だが、その理由が何なのか、感情を表す名称は何なのか、元就はわからなかった。「あ、毛利」 ふいと顔をそむけた元就の背に、元親の声がかかる。元就はそのまま部屋を出て行こうとした。「まってくれよ、毛利!」 声と共に、太くたくましい腕が元就を抱きしめる。すっぽりと元就を覆った元親が、さみしげに呟いた。「もう少しだけ、一緒にいてくれよ」 その声音が、元就の胸を締め付けた。振り向いた元就の目に、迷子のような顔の元親が映る。元就は衝動的に腕を伸ばし、彼の頭を引き寄せて唇を押し付けた。「んっ……毛利」 甘える響きで呼ばれ、元就は彼の口を強く吸った。差し出された元親の舌に自分の舌を絡め、彼の呼気を乱すように口腔を探る。「んっ、ふ……」 元親の大きな手が、華奢な元就の背をなでた。元就が元親の胸乳に手を添え、胸筋の盛り上がりに添って指を動かし、尖りを指の腹でくすぐると、元親の腕に力がこもる。身を擦りつけてくる元親の瞳が、熱っぽく潤んでいるのを確認し、元就は問うた。「我に抱かれたいか」 ぐっと元親が言葉に詰まる。「正直に申せば、与えてやろう」 元就の手が元親の胸筋をさする。細かく震える肌に目を細め、元就は同じ問いを口にした。「我に、抱かれたいか」 こっくりと元親が頷く。「言葉が出ぬのか」 呆れたように元就が鼻を鳴らせば、元親の額が元就の肩に乗った。「抱かれてぇ」 元親にしがみつかれた元就は、ほうっと天井に向けて息を吐いた。渦巻いていた怒りや苛立ちが抜けていく。「アンタが、また海に出て来ねぇかと、待ってたんだ。船は見かけたが、アンタは乗っていなかっただろう? 毛利」 あの航海を終えてから、元就は要塞船、日輪には乗っていない。「アンタの城は、俺からすりゃあ海から離れすぎてんだ。行きたくても行けやしねぇ」 じわじわと元就の胸が、熱いもので満たされる。「だから、海辺に毛利がいたのを見つけて、すっとんでった」「魚類が飛ぶとは、つまらぬ冗談よ」 体中に広がって行く、心地よい感情を味わいながら、元就がつぶやく。「茶化すなよ。俺ァ、真面目に話してんだからよ」 元就の肩から顔を上げた元親が、唇を尖らせた。「我よりも大きな図体をしておきながら、年端も行かぬ子どものような顔をするでないわ」 元就が切り捨てるように言えば、元親は頬を膨らませて離れた。追いたい衝動に突かれつつ、元就は指先すらも動かさずに彼を見つめる。「俺がガキじゃねぇ事は、ようく知ってんだろ? 毛利」 淫靡な煌きを瞳に宿し、元親が帯を解いた。ゆっくりと下肢を包む布をはがしてく彼を、元就は静かに見つめる。一糸も纏わぬ姿となった元親が、両手を広げて泣き出しそうな顔で笑った。「抱いてくれよ、毛利。アンタの全てを、俺にぶつけてくれ」 吸い寄せられるように、元就は彼の胸に飛び込んだ。そのまま押し倒し、唇を重ねる。「んっ、ふ……はぁ」 角度を変え、幾度も口を吸いながら胸乳の尖りをもてあそぶ。元就の指を待ち望んでいたかのように、ピンと張りつめたそこを摘めば、元親の腰が跳ねた。「貪婪な妖よ」 元就が冷ややかに言えば、元親が大きく震えた。「仕方ねぇだろ……っ、欲しくて仕方なかったんだからよォ」 顔を真っ赤にした元親に、元就は目を見開く。「なぁ、名前を呼んでくれよ」「長曾我部」「もっと」「長曾我部」「んっ、毛利ぃ」 薄桃に染まった白い肌に唇を滑らせ、元就は彼の体温を味わう。大きく開いた元親の足の間で、牡の証が聳え立っていた。「こらえ性の無い……。もう先を濡らしておるのか」「ぁ、仕方ねぇだろ。そんだけ、欲しがってんだよ」 荒く上下する元親の胸に唇を落とし、元就は彼の陰茎を手のひらでくるんだ。「んはっ、ぁ、毛利……ぁ、もっと」 元就の手に擦りつけるように、元親が腰を揺らめかせる。「毛利ぃ」 元親の手が元就の帯を解き、下帯を剥いだ。大きな手が元就の陰茎を掴む。「へへっ」 うれしげに頬をゆるめる元親に、元就が眉を寄せた。「何だ」「アンタも、熱くなってんのがうれしいんだよ」「くだらぬ」「くだらなくは無ぇよ。俺の事、欲しがってくれてるって事だろ?」 幸せそうな得意顔に、元就は侮蔑の目を向けた。「名を明かした時点で、貴様はすでに我のものぞ。欲しがる必要なぞ、どこにも無いとは思わぬのか」「へっへぇ」 冷ややかな元就の言葉を、元親がうれしげに受け止める。バカにするように鼻を鳴らした元就の胸は、真綿にくるまれたように優しく、あたたかなものに満たされていた。「なぁ、毛利よぉ」「何だ」「その、なんだ……」 もじもじとする元親を、元就がにらむ。「はっきりと言わねば、止めにするぞ」「うえぇっ?! そりゃねぇぜ、毛利よぉ」「嫌だというなら、言えば良い」「ううっ……その、なんだ。なんつうか……繋がりてぇなぁって」 元親の言わんとしている事が、元就にはわからない。「いや、だからさ。こうやって触って高め合うっつうのも、いいんだけどさ……早く欲しいっつうか、なんつうか」 元就は容赦の無い呆れ顔を元親に向けた。「我を奥に欲しいと?」「ああ、う……ま、まぁ、そういう事なんだけどよ」 せわしなく目を泳がせる元親の尻に、元就は手を伸ばした。谷の奥にある秘孔に触れれば、そこは硬く渇いたままで、とても元就を受け入れられるようには思えなかった。「我を招く準備も整わぬままに、欲しいと申すか」「いやだから。その、とっとと準備して、だな」 ちろりと顔をうかがわれ、元就は全身で呆れを示した。「いや、その……毛利が、もうちょっと俺をいじりてぇっつうんなら、別にかまわねぇんだけどな」「煮えきらぬ男よ」「うわっ」 吐き捨てた元就は、元親のみっしりと太い足を持ち上げ、体を反転させた。「欲しいと言うのならば、早々にくれてやろう」「えっ……待て、待て待て毛利っ! いきなり突っ込まれんのはさすがにキチィ」「黙れ、長曾我部」「ひっ」 強張った尻を開いた元就は、そこに顔を埋めた。舌を伸ばし、秘孔をくすぐる。「ぁ、毛利」 とまどい蠢く秘孔を舌でくすぐり、蜜を零す陰茎の先をこねれば、元親が四肢に力を込めた。「ふぁ、あ……そんっ、舐めるとか…………ぁ」「ほぐさねば入れぬ」「んっ、けど……ぁ、毛利の舌、ぁ、俺ん中に……っは、ぁ」 ぶるると震えた元親の陰茎が、大量の蜜を零す。それを指に拾った元就は、唾液で濡れた秘孔に押し込んだ。「ぁふっ、ぁ、はぁ……毛利ぃ、ぁ」「我を欲するなら、ここを濡らすに十分な蜜を出すが良い」「ぁ、言われなくても……勝手に出ちま、ぁうっ」 腰を揺らめかせる元親の陰茎から、とめどなく蜜があふれ出る。元就は彼の足の間にもぐりこみ、陰茎を咥えた。「はひっ、ぁ、毛利……っあ、あ」 しゃぶりながら、元親の肉壁を指であやす元就は、口内に彼の蜜を溜め込んだ。「すご、ぁ……毛利ぃ、んっ、ぬるぬるして……は、ぁ、きもちぃ」 元親が体を揺する。溢れる蜜をたっぷりと口で拾った元就が顔を離せば、元親が抗議の呻きを発した。「ふぁ、なんでだよぉ……もう少しだったのに」 それに答えず、元就は唇を彼の秘孔に当てた。たっぷりと溜めた彼の蜜を、そこに流し込む。「んはっ、ぁ、そん……ぁ、は」「これだけ濡れれば十分よ。そうは思わぬか、長曾我部」 濡れた秘孔を指で探れば、卑猥な音がこぼれ出る。指に絡む肉壁のやわらかさを確かめた元就は、元親の尻のエクボに唇を押し当てた。「望むものを、与えてやろう」「ぁ、毛利ぃ」 元就が彼の尻を割り広げれば、早く早くとせかすように、秘孔の口が蠢いた。唇を笑みの形に歪ませ、元就はそこへ自身の熱を押し込む。「ぁがっ、ぁ、は……はぁあ、も、ぉりぃいっ」 元親の啼き声に耳を打たれながら、元就は奥へと進んだ。肉壁が歓迎するように蠕動する。誘われるままに奥を突いた瞬間、元親が跳ねた。「はひっ、ぁ、はぁあああ――」「くっ」 秘孔がきつく締まる。それに意識を奪われぬよう、元就は総身に力を入れた。仰け反った元親は小刻みに痙攣すると、くったりと弛緩した。「は、ぁ」 うっとりと幸福の息を吐いた彼の腰を掴み、元就は乱暴に腰を動かす。「はひっ、ぁ、毛利、ぁ、ああっ」 満たされたと示す元親の気配に、言葉に出来ぬ感情を覚えた元就は、情動のままに振る舞った。絶頂後の恍惚が冷めぬままに乱された元親は、身を捩って声を上げる。「んぁあっ、毛利、ぁ、あああ」 体中で自分を受け止める元親に、元就は身の内にある何もかもをぶつけた。がむしゃらに乱す元就の熱に、元親が絡む。「はふっ、は、ぁあ、もっとぉ、毛利、ぁ、もっと、もっとくれよぉおっ!」 長く待ち望んでいたものを与えられたと、元親の細胞の一つ一つが元就に訴えてくる。身も世も無く欲してくる彼の姿に、元就の奥底に潜んでいた劣情がうねりとなって湧き上がった。「はんっ、はんぁあっ、毛利ぃい」「長曾我部……っ」 汗ばむ肌を擦り合わせ、呼び合いながら絡みつく。極まりを迎えてはゆるやかな波を味わい、再び大きなうねりへ飛び込み悶え続けているうちに、意識が途絶えた。 潮騒が耳を打つ。 ひやりとした硬いものが元就の体を支えていた。 目を開けた元就は、水平線におちていく日を見た。 ゆるゆると身を起こして息を吐く。あれは夢だったのだろうかと、元就は頭を周囲にめぐらせた。 昼間に訪れた場所から、一歩と動いていない。「長曾我部」 ぽつりとつぶやけば、かすかな返答が波間から聞こえた気がした。「我が城におっては、会えぬのか」 返事は無い。「また、酒を呑めなんだな」 元就の薄い唇が笑みの形に歪む。「気が向いたら、海辺へ出向いてやろう。――ありがたく思うが良い」 元就の声を、風が沖へと運んでいく。 楽しみにしておくと、朗らかな声が聞こえた気がした。2014/12/10